一
本編こっから。
殿下がご結婚されてから、3年の月日が経った。
私はすっかり行き遅れになった。
そもそも、この国のこの界隈の女性たちは20歳までには大体みんな結婚してしまう。
3年前でさえ行き遅れだった私は完全にお局と言われるようなポジションになった。
相変わらず側近をしているが、殿下は今や陛下となっていた。つまり私は陛下の側近。仕事としてはあまり大差はない。
でも変わったこともある。
行きつけのバーが出来た。
陛下の側近になってからというものパトリシア様が母国での出版の仕事も出来なくなったため、気晴らしにと私が毎日仕事終わりにパトリシア様のお人形となって化粧をされている。仕事をオフの時はメガネを外すという約束は今も継続されている。
住まいは宿舎だが、仕事が忙しければ遅くなって食堂にも行けないため、そんな時は近くのバーで軽いご飯とお酒を少しいただいて帰るという生活を送っていた。
つまりぱっと見着飾ってバーで独り酒しているわけである。
パトリシア様の化粧技術はすごい。
なにがすごいって?
だってたまに知らない人がお酒奢ってくれるの!
いや見ず知らずなのにすごいよね!それを言ったらパトリシア様には「世間知らず」呼ばわりされたけど、え、なんで普通奢らないよね?
驚いていたらさらに「リリス、瓶底メガネのない貴方は最高に美しいのよ?」と言われたけれどパトリシア様に言われても自身のことをゴミ認定したくなるからやめていただきたい。だってそんなの瓶底メガネどんだけすごいんだよってなるもの。
そんなこんなな生活で、飲み友だちも出来ました。
考えてみたら私友達いなかったのよね。
腐れ縁な奴は省くとしても友達なんていなかった。だって学校の子達はみんな私にはとても遠い綺麗な存在でとても話しかけるなんてできなかったんだもの。
仕事をし始めてからは友達を作る機会もなかったし…。
うん、それでまぁ、面倒くさいのは奴だ。
ここ数年、人気出すぎて人見知りが悪化した。昔はまだ軽口も叩いていたのに今はそれすらもなくなり、寡黙すぎるコミュ症となっている。相変わらずの女性アレルギーっぷり。
なのに、それでも「クールになられてますますステキ」と言われているから奴はすごい。
昼間の食堂は必ず私の目の前に来て食べるし、飲みに行くのも相変わらず私同伴である。
私にしか懐かないネコのようだ。
奴との飲み会の時にはめんどうなので瓶底メガネは着用している。
お局の陛下の側近なんて誰も文句は言えまい。
この3年、ジュドの失礼さには磨きがかかっているのだ。
パトリシア様は私の容姿を褒めてくださるけれど、こいつから見れば私はなにも変わっていないみたいだし。
飲んでる時に女性が近寄ってきて、「女性!!」と言って気絶するくせにそのもっと近くにいる私の立場のなさったらない。
「別にあいつに女に見られたいわけじゃないけど、暗に女じゃないと言われてるようなもんよね。」
カラン、と小気味良い音がグラスからこぼれる。
「相変わらず、そこの二人は二人の価値がわかってないんじゃない。」
ウケる、と言って笑っているこの男はバーでできた唯一の“お友達”だ。
いつも約束はしないけれど会えば一緒のテーブルや隣のカウンターで飲む。
ニールというらしいこの男は私と同じ年齢。
そしてどうやら城に仕えている人間らしく、私は執務室から普段あまり動かないので知らない。私も仕事中とは違う雰囲気、見た目なので陛下の側近だとはバレていない。
お互い隠す必要はないが仕事のことは話さない。
この距離感が大人っぽくて心地良い。
ジュドのことも名前は出さず、ただの幼馴染として話している。
ニールと飲んでると楽だ。
大人でいられる。
そんな感じ。
だってジュドと飲んでいると私たちはまだ“村の子供”のままな気持ちになるんだもの。何もかも気にしないでいられるけれど、この解放感とはまた違う。
「リリスはこんなに可愛いのに、」
「ふふ、ありがとうね。可愛いなんて言ってくれるのニールだけよ!」
そう、私たちは良いお友達。