十三
冷え込みが激しくなってきた深夜と言っていい時間。
私の体はお酒の力もあってか暖かい。
”良い気分”というのはこういうことなのだろう。普段はあまりこんな高揚感もないのだが今日はとても気分が良い。
若干覚束ない足取りで宿舎のドアを開く。
誰もいない部屋に小さくそしてご機嫌に「ただいまぁ」と呟き、つい先日買ったばかりのお気に入りのブーツを脱ぎだした所でドアがノックされる。
コンコン、
「…んん?」
こんな時間になんだろうと思いながらも靴を脱ぐ手を止めドアを見つめる。返事しなくちゃと思い、はーいと返事をして出迎える前にその扉は開かれた。
そこにいたのはとてつもなく不機嫌そうな幼馴染。
「遅い…」
腕を組み、眉間にはシワを寄せ、鋭くも綺麗な目が威圧感たっぷりに私を睨みつけている。
「ちょっとー、女性の部屋を勝手に開けるなんてなにやってんのよぅ」
しかしそんなものは無視だ。
少しあやしい呂律で大層不機嫌なジュドをご機嫌な私が叱りつける。眉間のシワが先ほどより深くなったのは恐らく気のせいではない。
しかし、何度でも言おう。私は今ご機嫌なのだ。
壁に支えられながらブーツを脱ぎ、「まぁ入んなよっ」と中に促す。ジュドはため息をつきながらもそれには黙ってついてきた。
ふぅ、と持っていた荷物をひとまず椅子の上に置き、コップを2つ用意して、片方には水を、片方にはジュドの好きなお酒を注いであげる。
椅子に座るでもなくリビングの入り口にもたれ突っ立ったままのジュドに私は話しかける。
「で!ご機嫌斜めな騎士どのは何しにぃ来たの?」
「ったく相当酔っているな…先ほども言っただろう、帰りが遅すぎる。こんな時間まで何やってた。」
「ん〜?心配してくれたの?」
それでこんな夜中まで起きて待っててくれたのか?
あれ、ジュドはこんなに過保護だったのだろうか、と酔った頭で考えるも上手く回らない頭では行きつく答えはなかった。
「そんな怖い顔しなくたってぇ!二ールと屋台巡ってダンスと花火を見てぇ、それからいつもとは違うバーで飲みなおしてただけじゃなーい」
揺れるつもりがないのに頭がふらふらと揺れている。
珍しくてとっても美味しいお酒やめったに行けないお祭りの屋台についついはしゃいでしまった後にさらにまた飲みなおしたのだから今日は中々酔いが覚めない。
「人もいっぱいだったし、危なくもなかったわよっ?ニールのおかげでナンパな人もいなかったし!」
治安の良さは警備の方々のおかげねっ!とこれまたご機嫌なテンションでジュドにお酒を渡してあげた。
眉間に深いシワができてしまいそうなジュドはうつむきながらぽそりと一言。
「…なかったんだな…?」
ジュドが何か言った。
「え?なんて?」
私はよく聞き取れなくて聞き返す。ジュドがバッと顔をあげて軽く睨んでくる。すると手に持ったお酒をまだ飲んでもいないジュドの顔がうっすら赤く染まるのが見えた。
「だから、なにも!なかったんだなっ?」
今度はわかった。
本人は自覚がないのかもしれないが、照れくさそうに言っていること私にはわかってしまった。そしてその真意についてピンと来たのだった。
「なにも…?なにも、なにも…あぁ!なにもないよー!嫌だジュドったらー!」
「それなら、い」
「いやらしいことなんてしてないよー!」
「ば、バカ!!声でかいんだよ!!」
ケラケラとテンション高く笑う私。だっておかしいんだもの、ジュドが、あのジュドが私の男女関係を心配しているだなんて。
分厚いとはいえない宿舎の壁を心配してかジュドは私の口を手でふさぎにかかるが私はひらりとそれを交わして笑い続けた。
「はーっ、おかしい!!ふふジュドったらー!」
息切れを起こすほど笑ってようやく落ち着いた。
あんまり笑ったものだからジュドは未だ赤い顔のまま恨めし気に私を睨みつけていた。
「くっそ…こんなやつの心配するんじゃなかったっ…」
はぁ、とため息をついて一気に酒を煽る。
「あほらしいっ、帰る。」
そう言って飲みきった空のコップを机に置く。その瞬間先ほどまでの威勢はどこへやら。ジュドはぴたりと固まった。
「…お前、これ…」
「ん?あ、そうだったお水につけなきゃ…」
椅子に置かれたリリスの荷物。
バッグとは別にある小さな可愛らしい薄ピンクの紙袋。
そこには包装された可愛らしいこれまた薄ピンクの箱と、見覚えのある白い花が入っていた。
リリスは紙袋から白い花を取りだす。
間違いなくそれは感謝祭で男から女性に贈られる花だった。