12.5
随分前、王妃殿下から言われた言葉が妙にまとわりついて離れない。
『もしも、その女性がそなたと結婚したいと言ってきたらどう答える?』
彼女は興味津々とばかりに顔を輝かせて聞いて来たあの言葉。
「今さら、ある訳がない…」
俺は誰もいない宿舎の部屋で呟く。
そう、あるはずがない。
アイツが俺と結婚したがるなんて…。
何故そう言い切れるのか、もちろん理由がないわけではない。
その理由は…
(俺は一度振られているからな…)
_________
あれはまだ俺たちが村にいて、二人して王都に送り込まれるなんて考えもしなかったそんなある日。
俺は狩に、アイツは洗濯や料理の手伝いに、という毎日を過ごしていた。
「なぁ、リリス。」
「なぁに?」
俺はその日仕留めたばかりのウサギやらカモやらを台所にいるリリスに届けに行った所だった。
子供にはかなり広い台所はみんなの共有スペースで、近所のじい様やばあ様たちもみんなで食べるご飯を作るための場所だった。
そして俺の呼びかけに、畑の野菜を洗いながらリリスは振り返ることなく返事をしたのだ。
「おれたちこのままケッコンするのかな」
純粋な疑問だった。
他に今の所下の子供も上の子供もいないこの村で、おれたちは唯一の子供だった。
それには一応訳がある。
ここは山間にある村だが、一日も歩けば同じく俺たちの村である海側の集落がある。
そこで獲れる魚は都なんかでは珍しい物らしく、高値で売れるらしいのだ。
そして、働ける若い衆は俺たちが産まれる少し前にじい様やばあ様や妊婦で体の弱かった俺の母親と、その幼馴染だったリリスの母親だけをこの村に残し、みんなで出稼ぎにでてしまった。
数年経つけれど、海の仕事が忙しいのか、この数年で帰って来たのは本当に片手で数える程度の人たちだった。
何故帰って来ないのか、じい様たちに聞いてもみんな暗い顔を無理に笑ったように「なんでかね」と言うだけだった。
もっと言えば俺の母親は俺を産んですぐに亡くなってしまい、育ててくれたのは主にリリスの母親だった。
そんなリリスの母親もおれたちが5歳になるころに亡くなった。
本当なら側にいなかった父親たちを攻めたのだろうが幼い俺たちにはそれがイマイチ理解しきれなかったし、できなかった。そしてこれは幸いと言うべきか、リリスの父親はリリスの母親が亡くなる2日前に村に帰ってきたのだ。
病床の妻を見て泣き崩れる姿を俺たちは何も言わずに少し離れた所から手を繋ぎながら見ていた。
おれの父親にしてもそうだ。墓の前でしゃがみこんで泣く姿はとても見られたものではない。
(母さんたちが死んで、この人たちは悲しいんだ…)
それが初めて会う“父親”というものに抱いた印象だった。
俺たちはまともな夫婦というものを見たことがなかった。それでも小さな頃から二人しかいない俺たちを見て大人達は微笑ましそうに「リリスとジュドはいい夫婦になるね」と口癖のように言っていた。
ケッコン、フウフ、コイ、カゾク…俺たちにもカゾクはいるけれど、俺たちの知ってる“カゾク”は正解ではないと言われれば、それらは俺たちにとっては知らない言葉ばかりだった。
そんなこんなで父親たちと暮らし始めて数年。
俺は例の質問をリリスにぶつけた。
「ジュドはわたしのこと好き?おヨメさんにしたい?」
「比べる人がいないからわかんない。」
「わたしも…」
俺たちは特に顔を赤らめるでもなく、明日の天気なんだと思う?ぐらいのテンションで淡々と話した。お互いに頭の上には?マークがたくさん飛んでいる。
「けど、おれはリリスのことは好きだよ」
「さっきわかんないって言ったじゃない」
この村に子供は二人きりだけれど、ケンカをしたって一緒に遊んだってリリスとならいつも楽しいしもちろん寂しくなどない。だからジュドはリリスのことが好きだった。
「じゃあジュド、もしもこの村にもう一人とびっっっきり可愛い女の子がいたらわたしとその子どっちとケッコンするの?」
「えー、そりゃあとびっきり可愛い方にするよ」
ふふん、と野菜の水を切りながら鼻高々にリリスはどや顔をした。
「ほら、やっぱりジュドはわたしのこと好きじゃないじゃない。そーゆーのをウワキモノっていうのよ。ミリばあちゃんが言ってたもの。」
「なんかチガウ気がするけど…」
「これでわかったわ。わたしはジュドとはケッコンしない。」
俺は少しムッとした。
好きだって言ってるのにリリスにまるで伝わらないことに腹を立てたのだ。
「なんでそうなるのさ」
「だってジュドはウワキモノだってわかったもの。ウワキモノとケッコンするとフコウになるのよ!ミリばあちゃんが言ってた。」
「他にいないからウワキしないよ」
「いつよその人が来るかわからないじゃない。」
リリスはこともなげに言った。
俺はもやもやとした気持ちのまま鳥を捌きに外へ出た。
リリスの言うことは当たらずとも遠からずだった。
ケッコンについて話した数日後、俺たちは王都の学校に送り出されることを聞かされた。
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子供だったとはいえ、王都に行く話が出てから、俺たちが結婚するような話を大人達はしなくなった。
まぁ、結果的にはリリスは縁談そっちのけで仕事人間になっているが、俺も俺で仕事は順調で大人達には大変感謝している。
あのまま村を出なければ俺たちはおそらく結婚していただろう。意識なんてするまでもなく、それが当然の流れだと思っていた。
でも今は違う。
俺は“ウワキモノ”ではないけれど、俺たちには沢山の選択肢ができた。
(それを今さら意識してみろだなんて…)
「ずいぶん酷なことおっしゃる…」
女性が苦手な体質になったのは誤算だったが、そのことが無くたって今でも“変わらない”だなんてアイツは絶対信じないだろう。
(まったく…人の気も知らないで、やっかいな奴だ…)
自嘲気味に笑って窓から見える空を見上げた。
(でも…)
俺は手に持っていたコーヒーを一気に流し込む。
(やっぱりお前といるのが一番楽しいよ)