十二
花祭り。
それは一年に一度の恋の祭典。
元々は感謝祭のようなものだったらしいが、今は完全に恋する者のための祭となっている。女性は赤い花を、男性は白い花を…片想いでも両想いでも幼児だろうが夫婦だろうが関係なく参加し、とにかく愛を捧げるただ一人の者に花を贈る日なのだ。
広場には沢山の屋台が軒を連ね、音楽に溢れる。楽隊や踊り子のパレードなどもあり街中がとてつもなく活気付く。
明日に控えた花祭り。
本祭は明日だが、前夜祭と後夜祭がありなんやかんやと楽しいイベントが各地で行われている。
つまり今夜は前夜祭。
この三日間だけは王宮も静かだ。
陛下は式典の類に大忙しで、使用人達もこぞって休暇を取っている。
ただ式典の類の時は私はあまりついていかない。
何故なら私の下についている者達が同行してスケジュールを組んでいるからだ。
私が何をしてるかといえば陛下の書類整理と伝言板、つまりはお留守番役として王宮に留まり何かあれば司令を出す立場にいるからに他ならない。
陛下の執務室の一つ手前の部屋。
そこが私の仕事場であり、居場所だ。
ここを通らなければ陛下の部屋には行くことが出来ない。
陛下がサボらないよう見張るのにベストポジションな部屋となっている。
そんな私の大切な場所に、迷える子羊が一匹。
「ジュド殿、非番の日に気軽に側近執務室に来ないでいただけるかしら。しかも用もないのに。」
にっこり、と貼り付けた笑顔でソファに座り、優雅に紅茶をすするジュドを見る。
本人はさも気にしたそぶりもなくこちらに視線だけを寄越した。
「毎年のことじゃないか、いい加減お前も覚えとけよ。」
「え、私のせい?」
心外すぎる。
「どうせ暇だろ?取り立てて急ぐ仕事も書類も“優秀な”側近殿にはないんだし。陛下だってご存知なのだし。」
「あのね、誰かさんのせいでいらぬ噂があるのに、こんなアレなイベントの日に!1日、いやむしろアンタのことだから3日間か…この部屋に入り浸られたら話の尾ひれが足ぐらいに進化しちゃうわよ!!」
「今更だろう。昼はずっと一緒にとってるじゃないか。」
「あれはもはや業務だと思われてんのよ!連絡事項的な!」
この男は本当に自分の話に鈍感すぎる。
昔からモテてモテて仕方ない彼が通常のようにしていると大変な事態になるのは近衛隊長殿もその他の隊員の方たちもわかりすぎるほどわかっている。
こんな日にいつものように訓練しようものなら演習場は人気スポーツの観戦かと疑うほどの女性、女性、女性の人だかり。
奴が向きを変えるたびに沸き起こる黄色い声、投げ込まれる花(これの回収と掃除が何よりも大変)やプレゼントの数々。
みんなどうしても渡して欲しくて必死なのである。
断言しよう、こいつをこのまま匿っていると私はいつか刺される。今年でなくてもいつかは。名も知らぬ何処かの誰かさんに。
そもそも何故この男が3日間も非番なのかと言えば練習の件もあるし昔に起こった事故のせいでもある。
そう、ジュドがまだ新米の頃。モテ男として人気株は急上昇止まることを知らぬ勢いの最中、命じられたのは記念式典パレードの警備。
そこからはもう察してほしい…どれだけの女性が雪崩れ込み我も我もと集う様を…。
そんなこんなで結局彼はいつもこの時ばかりは非番で大人しく匿われるのが仕事なのである。それに付き合わされている私は一体なんなのか…行き遅れで縁の無い人生が周りに露見しているとしか考えられない…!
そうだけど!行き遅れ爆進中だけれども!
あ、ちょっと涙出てきてしまったいけない、年かしら…うぅ。
瓶底眼鏡の奥がキラリと光る。
そんなことはさもどうでもいいという感じてジュドはまた一口紅茶をすすった。
「せっかくだしいつもみたいに今日帰り飲みに行くか。何時に終わる?」
「陛下が4時にはお戻りになられるから5時には上がれるわよ。でも今日はダメ。明日にして。」
「なぜだ?」
怪訝そうな顔のジュド。
ふふふ、まさか断られるとは思ってなかったろう。残念だが今年の私を舐めてもらっては困る。パトリシア様効果で手に入れた貴重な友人から食事に誘われているのだ。
私はさらに調子に乗って少し大袈裟に言ってみた。
「今日はデートに誘われて、」
「却下。」
「いや、ちょ、却下とかじゃないの!」
あからさまにイラっとした顔で何を“却下”なのか一瞬で却下されてしまう。
いやいや、先約だから!そういうの大事だから!
「どこの誰だ。」
「いや、飲み仲間のニールよ。ジュドも一回会ったでしょ?ゼクシア見てあんたが気絶した飲み会の日に。」
「あいつか…いつ誘われたんだよ」
「一昨日よ。残業で食堂しまってたからいつものバーに行った時にいて誘われたから約束したの。」
ジュドがあまりにも不愉快そうな顔を見せているせいか、気のせいか舌打ちが聞こえた気がする。いや、ニールがなにしたってのよ…。
「ほら、明日。付き合ったげるから!今日は大人しく変装して帰りなさい。なんなら部屋まではカモフラで護送してあげるから。どうせ一度部屋に帰りたかったし。」
「帰って何するんだよ。」
「お風呂入って化粧直しするのよ。こんな仕事着じゃお祭り楽しめないもの。」
うきうきとした感じでそう言うと今度こそ間違いなく舌打ちされた。