十一
「リリス、好きな人いるんだって?」
ガタタッ!!
「なっ!…いや、…何故、陛下がそのようなことを…」
「うん、風の噂でちょっとね。で、どうなの?私にすら秘密にしていた、君の想い人ってのはどこの誰?もちろん話してくれるんだよね?」
にこにこと、ソファに深く腰掛け、足を組み替えながらすらすらと問い詰めてくる陛下のそれは優雅なこと。
小首を傾げながら聞いてくる所がホントに女ウケを誘う仕草だが、今はそんなことはどうでもいい。
「噂に過ぎません。出所に心当たりはありますが…全くのガセでございます。」
はぁ、と思わずため息がもれる。
あれからゼクシアにはしばらくあっていない。面と向かってこんなことを聞かれたのは初めてだが、食堂に行けばそこここで噂に尾ひれがつきまとっていることも事実だった。
人の噂もなんとやらでやり過ごすつもりだが、陛下の耳にまだ入るとは…。
「へぇ、そうか。まぁそんなことだとは思ったけれど、ちなみに出所はどこなの?」
陛下は机に置いてある菓子皿からクッキーを一枚手に取った。相変わらずのにこにこ顔がなんだか怖い…。
「原因で言うならジュド殿ですかね。」
グシャァ。
私が言った瞬間陛下のクッキーは6枚に増えた。
「また彼か。君たちはホントにはっきりしない関係だね。いい加減私もイライラするよ。」
「え、あ!…そう言う意味の原因ではありません。言い直すならジュド殿が原案と言うべきでした。」
しまったしまった。自ら尾ひれをつける所だった。陛下に事のあらましを説明する。
飲み会のことから食堂での愛の告白まで。
陛下は納得したようなしてないようなそんな態度だった。まぁそれはわからないでもない。私だって混乱している。いろんな意味で。
「ほうほう、なるほど。君は…つまり女の子に告白されたのか。」
「見た目は好青年ですけれどね。」
言いながら私は机に溢れたクッキーのカスをいそいそと掃除する。
割れたクッキーの大部分はもう陛下の口の中だ。
陛下は何か思案したようにした後、片付けている私の手を掴む。
え、と陛下を見やれば先ほどのにこにこ顔はどこへやら。珍しく真剣な陛下がじっと見つめてくる。
「ねえ、リリス。」
「はい?」
陛下は少し言いよどむ。
迷っている顔を見るのも珍しいと私はじっと陛下の言葉を待った。
「一つだけ約束してよ、もし君に好きな人が出来たら…その人の次で良いから、誰よりも先に私に教えてほしい…」
「…い、まは、いませんけどね…わかりました。お約束します。」
「ありがとう。」
何を、とは思ったけれど私の返事を聞いて陛下は先ほどのにこにこ顔に戻った。
スッと離された手。握られていた所が少し赤くなっている。
「ちなみに聞いてどうなさるんです?」
「ん?もちろん人物次第かな。」
「え、怖い…」
私はしてはいけない約束をしてはいけない人としたかも知れない。