十
「おい、なんでそいつがここにいる…」
「私に聞かないでよ…」
「嫌だなぁ、お二人でコソコソと!それより、リリス様の隣は私なんで!!ジュド殿は向かいのお席に、どうぞ!」
ゼクシアとの一件以来、今まで見かけもしなかった彼女は食堂に現れるようになった。
はじめこそジュド狙いかと思ったもののどうやらそうではないらしい。
「リリス様、今日もお美しい…」
うっとり、と注がれる隣からの視線。
食堂に来るなとも言えないので隣で食べるなとも言えない。
どうしてこうなった…。
初めてのモテ期(?)が女子だとっ!!?
さらに言えば、日々訓練なゼクシアは食堂にも甲冑のまま、ましてや髪だったすぐには伸びないためどうみてもただのイケメン。
複雑な心境にならざるを得ない。
心なしか周りも若干ザワザワしている。
陛下の側近になんて誰も進んで近寄りたがらないから今まで楽だったのに…変に注目を集めているのは間違いなかった。
ゼクシアが男装だったことなんてゼクシアの隊の人間くらいにしか知れていないのも一因かも知れない。
(側近殿が若い男に言い寄られているっ!?)
(あんな瓶底眼鏡女子の側近殿が!)
(誰かあいつ止めてやれよ…)
うん、失礼なざわめきしか聞こえて来ない…。なんということだろう…モテないのはわかっていたけれどこれはなんだか傷つく…。
それに、気のせいだろうか、ジュドの機嫌も宜しくない。アレルギー発動されるよりはいいけれど、青筋立てながら食べるカレーって美味しくないと思うの…。むしろなんで女性アレルギー発動しないの…。
あれこれ考えながら食べていたが絶えかねた私は少し小声でゼクシアに尋ねた。
「あの、ジュドが好きだったのでは…?」
その問いに彼女はこの間のように顔を赤らめもじもじと答えた。
「ジュド殿のことはもういいのです…それより、私は気づいたのです…貴方こそが、私の女神なのだとっ!」
「いや、ちょ、」
「あんなに真剣に私の事を考えてくださって…貴方に撫でていただいて、気づいたのです…貴方の美しさ、私が守りたいのは貴方自身であると…!」
(熱烈だ!あいつ熱烈すぎる!!)
(美しさ?!あのもさっとした側近殿が?!)
(誰かあいつを止めてやれ!!)
いやホント、ザワザワしてないで止めてくださいよ…!
聞くのも恥ずかしい口説き文句が始まってしまった。慌ててやめるように言えばニコニコと大人しくなったが、これは由々しき事態かも知れない。
「おい」
ここまで無言だったジュドが口を開いた。
とりあえず見た感じからして機嫌は悪そうだ。
「側近殿を困らせるな。お前処分が軽かったからと言って調子に乗るなよ。」
おお、怒ってる割にはまともだな。
やはり持つべきものは同郷の友だね。
と思ったのもつかの間、ジュドはとんでもないことを口走る。
「側近殿には想い人がいる。だから諦めろ。お前に勝ち目などはない。かなりの男前だ。」
切れ長の目をさらにキリリとさせて言い放つ。私はその向かいで汗と震えが止まらなくなった。
(おいおいおいおい、やめてよー!なにをないことないことぶっこんでくれちゃってんのよ!!)
抗議したい!叫びたい!が無理だ!
何故なら私は今机の下でジュドに思い切り足を踏まれている。それはもうグリグリと!
テーブルクロスで周りからは見えていないが、これも叫びたいほどの痛みが走る。
これはあれだね!暗に“黙ってろよ”の意だね!そうだね!
この手法は一度経験があるからわかる…。
だいぶ昔、酒場でジュドをナンパしてきた女性に「お、ジュドくんモテるなー、どうぞお姉さん持ってっていたたたたた!!!ウソ!ウソです!!お姉さんお願いだから帰って!!お願い帰って!!」というプチハプニングだ…あれは本当に痛かった…ちょっと酔ってからかっただけなのに…。
ここは黙っているしかない。
ジュドからの爆弾嘘発言に固まったゼクシアは目を見開いて固まっている。
「リリス様に…想い人…!?」
がたん!と立ち上がるゼクシア。
その表情は絶望そのものだった。
いや、ごめんね、ウソだけどね、ごめんね。
「リリス様、そんな…そんな…!…すいません、本日は…失礼致します…」
手で口元を覆い、暗い顔のまま彼女は食堂から去っていった。
相変わらずざわつく食堂。
私は呆れ顔でジュドに文句を言った。
「誰に想い人よ…」
「バカ、ああいう輩はそう言っときゃいいんだよ。」
「ああ、そうか。振ることだけは経験豊富だったわね…そうだ、はじめからジュドに聞けばよかったわ。」
はぁ、とため息をつく。
悪い子ではないけれど…私はあの子を男としてみればいいのか女としてみればいいのかもうよくわからない…。
懐いたということだけはよく分かった。
それも今のでなくなるかもだけど。
パトリシア様に報告したらきっと笑ってくれるんだろうな。
人の真似なんてするものじゃないわ。
かちゃりと眼鏡の位置をなおす。
私は反省した。