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ミケ

作者: 芳田文之介

 陽は、すでに西の空にかたむきかけている。

 きょうは、やけに残照が美しい。空を赤く染めた残照が、富士の山まで茜色に染めている。

 だからといって、市井の人々が、この光景に心を奪われているいとまはない。

 なぜなら、都会の夕暮れ時が想像以上にせわしないからだ。

 たとえば、主婦は夕食の材料を買い求めるためにスーパーに走る。学生は塾へと、そして学童は稽古事へと、それぞれがせわしなく走る。

 それが、都会の夕暮れ時に喧騒を生むと同時に、このひと時をよりせわしなく感じさせてもいるようだ。

 


 その喧騒に混じって、なにやら耳をつんざくような音が辺りに轟いている。

 たぶんこれは、あれだろう。ゴルフボールの打球音だろう。ということは、この近くにゴルフの練習場があるらしい。そうだとしたら、この打球音はいまの時間帯だけでなく、一日中、この界隈に響き渡っていることになる。

 ちなみに、この練習場がある辺りはその昔、のどかな田園風景が広がっていたという。

 それを思えば隔世の感がある。なにしろいまでは、この練習場をとり囲むようにして、URとか都営団地とか分譲マンションとかが辺り一帯を蚕食して、窮屈そうに林立しているのだから。

「けれど、それにしたって、なんで、こんな団地の真ん中にゴルフ練習場があるんだよ!!」

 そうフンガイする人がいる。これは最近、この団地に引っ越してきた新参者の、そのボヤキである。

 だが、これはいただけない。わたしたち人間は世界のすべてを認識することはできない。だとしたら、『何か』にフンガイするときはまず、その『何か』に柔軟に距離を置いて眺めることが寛容である。その上で、フンガイしていいかどうかを判断する。そうするようにこころがけたい、そんなわたしたち人間である。

 ところで、この練習場のほど近くに、災害時の避難場所に指定されている、けっこう広々とした公園がある。

 そこは、団地に住んでいる子どもたちの、格好の遊び場だ。屈託のない彼らの無邪気なはしゃぎ声。それが、夕暮れ時の喧騒に紛れて、牧歌的に轟いている。そこに、練習場の打球音が足し算される。

 この二つの音が、さながらポリフォニーのような旋律となって夕暮れ時の喧騒に、絶妙なアクセントを与えている。



「にしても、平和なもんだニャ」

 どこかから、そんなつぶやきが聞こえてくる。

 どこからだろう。辺りを窺うと、この練習場を囲むようにして、一メートルくらいの低いブロック塀が設えてある。よく見ると、その上に一匹の『三毛』が寝そべっているのが目に入る。

 どうやら、声の主は、この三毛のようだ。

 ちなみに、三毛はここでこうして、昼下がりからいままで寝そべっていた。となれば、平和といえば、この三毛が一番平和ではあるまいか。

 それを、三毛は自虐的につぶやいている?

 いや、どうも、そうではないらしい。

 練習場を見れば、平日にもかかわらず、のべつ人間がここを訪れている。三毛は、ここに寝そべりながら、その様子をつぶさに見守ってきた。どこか冷めた目をして……。

 そうだとすれば、三毛のこのつぶやきの背後には、どうも、皮肉めいた非難が隠れているらしく思われる。

 ただ、三毛は日がな一日打ちっぱなしに興じる人間を、むやみに皮肉っているのではない。そもそも、この国はいま、非常に危険な状態にさらされているさなかなのだ。

 というのも、この国の版図に向けて、隣国がミサイルを打ち込むのではなかろうかという、懸念があるのだ。

 そういうときにもかかわらず、彼らは、そんなの関係ないと言わんばかりに、朝も早くから、こうして能天気に打ちっぱなしに興じている。

 そういう人間どもに対して、三毛は「平和なもんだニャ」と皮肉めいた非難をぶつけているのだった。



つづきはwebにて.あしからず。


ニャン、ニャン




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