第6話 約束
次の日も、その次の日も、あさとはさつきの家にやってきた。
でも、必ず家のドアの前で待っていて、お邪魔します、と挨拶してから中に入るのだった。
「今日はパスタにしたんだ。」
「そうよ。自分で作ってもいいんだけど、自分の分だけ作るのって中々面倒くさいのよね。」
「ああ、それは分かる。」
「あさとが食べられるなら、いっそ2人分作っちゃうんだけど。」
「いやあ、照れるなあ。」
「勝手に照れてろ。」
「ひどいな。」
軽口を叩きながら、2人で話していた。
急に、あさとが真剣な顔になって話し始めた。
「…俺さ、そろそろいい加減、起きようかと思う。」
「ん、いいんじゃない?」
「そっか、よかった。じゃ、今のうちに心残りは潰しておかないと。」
「心残り?普通逆じゃない?え、何、死ぬの?」
「違う違う。起きたら、しばらく外には出られないだろうから。」
「ふうん。今のことって、起きても覚えているの?」
「さあ。起きたことないから分からない。」
「そっか、忘れちゃうかもしれないんだね。」
「そう。だから、心残りは潰しておく。」
「了解、そういうことね。協力するよ。」
「いいの?じゃあ、ちょっとだけ、外に出ない?」
「いいわよ。」
2人は家を出て、並んで外を歩き始めた。
「綺麗な夜空ね。」
「…うん。雲が無いからね。」
「ね、本当。」
「…月が綺麗ですね。」
「うん、本当。満月ね。」
「月が綺麗デスネ。」
「…?ああ、ここは、私死んでもいいわって言うところかな。でも、言ってあげない。」
あさとの顔は真っ赤だった。
「私、死んでなんてあげないから。あさとも、意地でも死なないでね。それと、忘れるかもなんて弱気なこと言っていたけど、忘れたら許さないから。」
「…え?」
「何よ、私の味方でいてくれるんでしょう?」
「うん…うん。」
「で、どこなの?」
「何が?」
「あさとがいる病院。知らないとお見舞いにも行けないじゃない。」
「あ、ああ、そこの角を曲がったところにある、大学病院だよ。」
「なんだ、案外近いのね。何号室?」
「205号室。」
「分かった。絶対行くから。覚えてなかったら、顔面に向かってパイ投げしてやる。」
「それは嫌だな。」
「じゃ、約束だから。」
「分かったよ。俺、変に弱気だったね。じゃ、お見舞いに来なかったら、家まで来てパイ投げしてあげる。」
「それは嫌ね。」
「約束。」
「うん、約束。」
あさととさつきの2人は、ふふっと笑った。
その途端、あさとの体が妙に薄くなってきた。
「ああ、俺、もう行かなくちゃ。じゃ、待っているから。」
「分かった。すぐにでも行くから。」
2人は笑って別れた。
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次の日、さつきは学校帰りに大学病院に来ていた。
迷わず205号室に向かい、そっと顔を覗かせる。
「良かった、あの2人がついて来てたらどうしようかと。」
あさとは、そう言って笑っていた。
「さすがにそれは無いわよ。良かった、覚えてて。じゃあ、これはいらなかったわね。」
そう言って、鞄からパイを取り出した。
「え、本当に持って来たの。」
「うん。…だから、一緒に食べない?」
「うん。もらうよ。病院食飽きた。というか、まずい。」
「あはは、そんなもんでしょ、病院食なんて。」
2人は病室で、一緒にパイを食べた。
「俺、この味好きだな。中に入っているのは、リンゴとレーズン?」
「そう。あと、シナモン。これ、私が作ったんだからね。」
「へえ、料理上手だね。」
「ま、パイはパイシート使ったけど。」
「いいよ、十分。すごいうまい。」
笑いながら食べていると、すぐにパイは無くなった。
「あ、もう無くなっちゃった。」
「明日も持ってきてあげるから。別のやつ。」
「それは嬉しい。」
「…ところで、1つ疑問なんだけど。」
「何?」
「私たち、付き合ってるってことで、いいの?」
「え、さつきちゃん、俺と付き合うの嫌なの?」
「そうじゃなくて、確認。」
「俺はそうだと思ってた。」
「良かった。私の思い上がりじゃなくて。」
さつきは、ふふっと笑った。
「あ、そうだ。俺のこと、あの2人には紹介しないでね。」
「え、何で?」
「何か、ダブルデートだなんだって、うるさそうだから。」
「じゃ、写真くらいなら見せてもいい?」
「いいよ。」
「じゃ、初めてあさとの本体と出会った記念に1枚。」
「何それ。いいけど。」
2ショットを撮り、あさとの携帯を手に取った。
「ちょ、何してるの、俺の携帯。」
「メアド交換、電話番号交換、今の写真そうしーん。駄目?」
「いや、駄目じゃないけど。」
「ほら、これですぐ連絡取れるね。」
にこっと笑ってさつきがそう言うと、あさとの顔は真っ赤になった。
「案外、すぐ照れるのね。」
「俺は純粋だから。」
「自分で言うか。」
「さつきちゃん、意外と大胆だよね。」
「そう?控えめな方だと思うけど。」
「自分で言う?」
「あさとには言われたくない。」
2人は笑い合い、一緒に撮った写真を眺めた。
「じゃ、また明日来るから。退院したら、今度はどこに行きたい?」
「そうだね、じゃあ、俺と一緒に遊園地でも行く?」
「え、行く!早く行きたい!あさと、明日退院して。」
「それは無茶だよ。早めに直すように頑張るから、気長に待ってて。」
「ふふ、楽しみにしてる。」
さつきは病院からの帰り道、あさみにメールを送った。
あさみへ。
彼氏ができました。
諸事情あって入院中だけど、あさみのことだから顔が見たいって言うだろうから、写真送るね。
彼、人見知りだから会わせてあげられないけど、すごくいいやつだから、心配しないでね。
さつき
その直後、携帯を閉じた。
さて、明日あさみに会ったら何て言われるかな。
ああ、あさみやたかしにとやかく言われるのが楽しみになるなんて。
早く遊園地にも行きたいな。
あさと、あなたがいるから、私はこれからの人生楽しめそう。
あさとにとっての私も、そういう存在であったらいいな。
そんなことを考えながら、さつきは家へと帰って行った。