第5話 失恋の薬は
さつきはあれからしばらく、あさとのことが頭から離れなかった。
それでも、あさみやたかしに言うことは無く、それが恋愛感情だとも思わないようにしていた。
だが、あれから10日くらい経った今では、すっかりたかしのことは好きではなくなっていることに気が付いた。
「本当、あいつのおかげで立ち直りは早かったわね。」
思わず、そう呟いた。
「何々?あいつって誰??」
声をかけてきたのはあさみ。
「ちょ、急に話しかけないでよ。びっくりしたじゃない。」
「ひどおい。で、誰なの?やっぱり気になる人いるんじゃあん。」
「そんなんじゃないわよ。」
「いやいやあ、私が言うのもなんだけど、失恋の一番の薬は新しい恋!だからね!今度こそ、全力で応援するよお!」
「いやいや、いいって。本当にそんなんじゃないから。」
本当に、あさみが言うのはなんだけどなあと思いながら、少し考えていた。
あさとのことを?私が?好き?
そんなことあるわけない。ない、はずよね。
それにしても、あさと、最近来ないなあ、なんて考えていた。
「お、やっぱり好きな人いるんだな!よし、誰だ?どのクラスだ?」
「たかしまで。違うって。そもそも、この学校の人じゃ無いし。」
さつきは言ってから、しまった!と思った。
誰かのことを考えていたのを自ら肯定してしまった。
「ほら!やっぱり好きな人いるんじゃあん。で、で、どこの人?同い年?年上?」
「さつきのことだから、案外年下かもな。面倒見良いし、そっちの方がしっくりくるって。」
「あーわっかるー!さっちんしっかりさんだから、弟みたいな彼氏できそう!」
「もう、好き勝手言わないでよ。私帰るから。」
「えーやだー、待ってよお!」
「ちょ、置いていくなって!」
結局この日は3人で帰った。
久々にこのメンバーで帰ったが、さつきはずっと質問攻めにされ、それでもあさとのことは口にしなかった。
「もお、さっちんの頑固ー!明日は絶対聞かせてよね!」
「そうだぞ!水臭いぞ!」
「はいはい、また明日ー。」
家の中に入り、さつきはため息をついた。
「はあ、疲れた。」
思わず呟き、周りを見た。
「はあ、いるわけないか。」
これを言った時、あさとが現れることが多かったので、また出てくるのでは?と思ったのだった。
学校以外でも、お化け屋敷にもいたんだから、ここに出てきてもそんなにおかしくはない。
「私、何期待しているんだろ。…期待って何よ。」
そうひとりごちながら、さつきは自分の部屋に入っていった。
しばらく読書をして、ふと時計を見ると、夜の7時を回っていた。
「さて、そろそろ晩御飯の時間かな。…なんか、家の中静かだな。」
さつきがリビングに行くと、そこには誰もいなかった。
「あれ、おかしいな。」
中へ進み、机の上を見ると、1枚の紙が置かれていた。
さつきへ。
今日からお母さんもお父さんも出かけているので、これでご飯を食べてください。
お母さんは1週間、お父さんは4日間の出張です。
お父さんは5日後に一回帰ってきて、その後また3日間出張に出かけます。
父・母
「あちゃー、またか。全く、出かける前にきちんと伝えておいてよね。」
さつきはため息をつきながら、手紙と一緒に置かれていた1万円札を手に取った。
さつきの両親は共働きで、2人とも出張の多い仕事だった。
昔から、両親ともに家を空けることもよくあり、さつきはこういうことに慣れていた。
「さて、何か買ってきて食べるかな。」
一応冷蔵庫の中も確認したが、中はほぼ空っぽだった。
さつきは財布に1万円札を仕舞うと、コートを1枚羽織って、外へ出た。
「さつきちゃん、家でも苦労人だね。」
家の前に、あさとが立っていた。
さつきは驚き、思わず後ろにこけてしまった。
「ちょっと、そんな昭和みたいな驚き方しないでよ。」
「いや、今の素だから。え、何でこんなとこにいるの。むしろ、何で家の中には来なかったの?」
「いや、人の家の中に勝手に入るのは違うかなって。まあ、ちょっと覗いたけど。」
「変なところ律儀ね。」
「そうかな。じゃ、ご飯買うんでしょ。」
「うん。ついてくるの?」
「え、駄目なの。」
「いや?1人でご飯食べるのも味気ないし、来てよ。」
そう言いながら、2人は近くのコンビニへ出かけた。
あさとは、俺と話してたら独り言大好きな人に見られるから、と言って、コンビニの前で待っていた。
「お待たせ。どこで食べる?」
「ん、家の中入るのも悪いし、そのあたりの公園でも行く?」
「嫌よ。あの辺、不審者出るみたいだし、寒いじゃない。」
「じゃあ、どこに行く?」
「家においでよ。」
「え。」
「いいから。」
さつきはあさとを連れて、家に戻った。
「お、お邪魔します。」
「律儀ね。今家には誰もいないから平気よ。」
「1人しかいないのに、男を家にあげるって、無防備じゃない?」
「あさとは今、幽霊なんだから、誰かいたとしても見えないじゃない。」
「そういう問題かなあ。」
リビングに行くと、さつきはコンビニで買ったおでんを開けて食べ始めた。
「で、何でまた私のところに来たの?」
「ん?ああ、愚痴たまってそうだったし。話し相手にでもなってあげようかなーって。」
「優しいんだかうざいんだか。」
「優しいんだよ。俺は。」
「自分で言うか。」
「うん。」
笑いながら食べ進めていくさつきを眺めて、あさとは少し笑っていた。
「まあ、誰かと話しながらご飯食べられるのは嬉しいわね。そこは感謝するわ。」
「じゃあ、家に1人でいるときは、また来てあげようか?…なーんて。」
「え、いいの?じゃあ、今日から1週間ほどお願いします。」
「…え、マジで?」
「何、嘘だったの?」
「いや、嘘はつかないけど。」
「ならいいじゃない。ほら、あさとも食べる?おでんの大根。」
「いや、今食べられないから。それに、どっちかというと白滝が好き。」
「残念ねー。」
さつきはにこにこしている。
が、思わずため息が出た。
「どうしたの?」
「いや、大したことじゃないわよ。今日のこと、ちょっと思い出しちゃって。あの2人、本当にしつこいんだから。」
「さつきちゃんは大変だね。」
「言いたいこと散々に言ってくれちゃって。しっかりしてるだの、面倒見がいいだの、そんなので年下と付き合いそうとか勝手に言わないでほしいのよね。」
あさとは、ああ、と呟いた。
「さつきちゃん、どっちかというと、味方が欲しいタイプだろうしね。守ってくれそうな人好きそう。」
「ああ、よく分かったわね。人の面倒見るの、ちょっと疲れたのよ。」
「そりゃそうでしょ。まあ、味方って意味なら、さつきちゃん客観的に見ても美人だから、男はすぐ寄ってきそうだけど。」
それを聞いて、さつきは少しうつむいた。
「あれ、もしかして、地雷?」
「まあね。昔言われたのよ。美人だから余計に近寄りがたいって。」
「変な男だね。」
「あさとほどじゃないわよ。ま、だから、男は私じゃなくてみんな、あさみの味方ばっかりだったわ。私はほっておいても大丈夫そうだからだってさ。」
あさとは、少し考えてから口を開いた。
「味方って、そんなにいっぱい欲しいもの?」
「どういうこと?」
「たくさんいなければ味方じゃないデスカ?1人いるだけじゃ不満デスカ?」
「え、何、だから、どういう…?」
「…だから、俺が味方にいるだけじゃ、不満?」
さつきはびっくりして、顔を上げた。
「え、それってどういう…」
「言わなきゃ分からない?そういうとこ面倒くさいね。」
「面倒くさいなんて、初めて言われた。」
「面倒くさいって言われて喜ぶ人、初めて見た。」
「喜んでないわよ。」
「喜んでるよ。」
「それより、あさと、顔真っ赤よ。」
「酔っぱらったかな。」
「水すら飲んでいないくせに。」
「いや、ほら、俺の本体が飲まされたかもしれないし。」
「病院で?」
「うん。」
「とんだやぶ医者ね。」
さつきとあさとは笑っていた。
「ところで、あさとは何でこんなことになっているの?」
「気になるの?」
「当たり前じゃない。いいから答えて。」
「…俺、さつきちゃんが通っている高校の、3つ隣のところに通っているんだけどさ。」
「え、あの、不良校で有名なところ?」
「そう、あそこ。受験で本命落ちてさ、仕方なく。で、真面目に授業受けてるだけで目を付けられて、いじめられてたんだと思うんだけど。」
「何でそこ、はっきりしないのよ。」
「いや、だってさ、不良のいじめにしては陰湿というか、幼稚だったから気にもならなくて。」
「あさとらしいわね。」
「そうかな。で、放置してたら、突然バイクで後ろから突っ込まれた。」
「…え?」
「校庭だよ?信じられる?馬鹿だよね、傷害で捕まってるんだから。で、俺はまだ眠ったままってわけ。」
さつきはびっくりして黙ってしまった。
不良校とは聞いていたが、まさかそれほどとは。
きっとニュースでも取り上げられているんだろうが、さつきの家は新聞を取っておらず、テレビもほとんど見ないので知らなかった。
「それ、起きられるの?」
「え?うん。きっとね。起きようと思えば。」
「何で、起きないの?」
「…何でかな。起きたくないかも。」
「体が痛むの?」
「さあ、それももう忘れちゃったよ。」
「私、起きてるあさとも見てみたいかな。」
「…何で?」
「ほら、一緒にご飯食べられるし。」
「ああ、それはいいかもね。…俺も少し、ちゃんと考えてみるよ。じゃ、またね。」
そう言うと、あさとはどこかへ行ってしまった。
「何よ、あさとの方が大変そうな人生じゃない。」
さつきはそう呟きながら、自分の部屋に入っていった。