第4話 可愛い人綺麗な人
さつきは、授業を受けながら、珍しくぼーっとしていた。
あさと、とりあえず名前は分かったんだけど、一体何があって仮死状態なのかな。一体どういう人間なんだろうか。と考えていたのだ。
「おい、紺野-。先生の話聞いてたか?」
「あ、すみません、聞いてませんでした…。」
「ったく、珍しいな。ちゃんと聞いておけよー。」
「はい。」
こんな時に限って先生に当てられるなんて、ついてないなーと思いながら、教科書をめくってノートを書いた。
「さっちん、今日珍しいね。先生に怒られるなんて。どうしたの?何かあったの?」
休み時間、あさみがさつきを心配そうな顔で見ながら聞いてきた。
「ああ、いや、違うわよ。別に疲れてて、とかじゃないし。」
さつきは笑って答えた。
あさみは何かを考えているような様子だったが、ぱっと顔を上げるとにっこりと笑った。
「分かった、さっちん、恋してる?」
「はい?」
「好きな人できたんだー!誰々!?教えてよお!」
あさみは1人で勝手に盛り上がっている。
「いや、違うから。何で授業中にぼーっとしてたら恋になるのよ?」
「いやいやあ。恋だね。相手のことをついいつも考えちゃう感じだね。まさしく恋!ですよ!奥さん!」
「奥さんって誰よ。っていうか違うから。」
「隠さなくったっていいんだよー!私も片思いしてるとよくそうなるから!」
「…次の授業始まるわよ。」
「あ!いけない!じゃ、後で教えてね!」
恋、ねえ。何でなんでもかんでも恋愛に繋げるのかな、そんなわけないじゃない。そんなことを考えながら、さつきは次の授業の準備をした。
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「で、誰なの?」
「ん?」
あさみが、帰宅の準備をしているさつきの顔をらんらんと輝く瞳で見つめながら話しかけてきた。
「だーかーらあ、好きな人!いるんでしょ?」
「ああ、そのこと?違うって。勘違いだから。」
「ええー!絶対勘違いじゃないって!気が付いてないだけで、その人のこと気になっているんだって!」
「…誰かのことを考えていること、確定なのね。」
「あれ、違う?そういう顔だったからー。」
「そういう顔って何よ。」
そんなやりとりをしていると、たかしが話しかけてきた。
「どうしたー?何の話だ?」
「たかしくん!あのね、さっちんに好きな人できたんだって!」
「おお、それは良かったな!応援するぞ!」
「だから違うんだってばあ!」
わいわいと好き勝手言いながら、はやし立てるあさみとたかし。
さつきは、次第にむくれていった。
「あ、ごめんごめん、さっちんってば照れ屋さんなんだからー。」
「おお、そんなふてくされんなって。ま、何かあったら俺らで相談乗るから、何でも話してくれよ!」
「なんなら今でもいいよ!」
「いや、いい。ありがとう。」
2人は散々騒いだ後、帰って行った。
一緒に帰らないか?とも誘われたが、委員会の仕事があるから、で断った。
まあ、実際には仕事なんてものは無いのだが。
「はあ、疲れた。」
「それ、口癖みたいになってきたね。」
横から顔を出したのは、やっぱりあさとだった。
「あんたも、いつもそこから顔を出すのね。」
「俺の名前はあんたじゃない。」
「ごめんごめん。あさと、よね。」
「うん。ま、ここから顔を出すのが一番話しかけやすいから。ていうか、さつきちゃん、そろそろ切れたら?あの2人、今日のは本当にムカついたんだけど。」
あさとがイライラした顔をしていた。
さつきはそれを見て、ふふっと笑った。
「何がおかしいの。」
「いや、あさとの方が私より怒っているのが面白くて。案外いい人ね。」
「案外は余計。俺はとてもいい人。」
「それ、自分で言う?」
「うん。俺、嘘はつかない主義だから。で、何で切れないの?」
「え、だって、あれで怒っていたらいつも怒っていなくちゃいけなくなるわよ。」
あさとは、ため息を1つついた。
「人が良すぎる。というか、もう麻痺しているのかな。怒れなくなってきているんじゃないの?さつきちゃん、たかしくんのこと、まだ吹っ切れてないんでしょ?」
「う…」
さつきは言葉に詰まった。
たかしに応援するだの何だの言われたときは、確かに少し傷ついた。
だが、確実に前よりは傷ついてはいなかった。
「それでも、前より、たかしのこと好きじゃなくなってきているのは自分でも分かるくらいよ。」
さつきがこう答えると、あさとは少し驚いた顔をした。
「へえ、意外だね。もっと引きずるかと思ってたよ。」
「自分でも、もっと引きずるもんだと思っていたわ。…ま、癪だけど、あさとのおかげかもね。」
「俺、えらい。」
「自分で言う?」
「俺、すごい。」
「また言った。全く、アホなんだか賢いんだか。」
そう言って、あさととさつきは笑った。
「ま、全く傷ついてないと言えば嘘になるけどね。」
「そりゃそうでしょうよ。溜めこみすぎたらそのうち爆発するよ。」
「そうかしら。でも、あの2人、とてもお似合いって感じがするから、もう今更引っ掻き回す気にはなれないのよね。」
「お似合い?ああ、馬鹿同士ってことかな。」
それを聞いて、さつきは少し苦笑いをした。
「違う違う。性格の言いスポーツマンと、可愛いイマドキ女子って感じ。2人とも、確かに頭は悪いけど、性格良いし、たかしは運動神経良くて、あさみはすごく可愛いからね。」
「え、何それ。誰のこと言っているの?」
あさとが怪訝な顔をした。
「あの2人のことに決まっているじゃない。」
「たかしくんは運動神経良さそうだけど、分かりやすいアホ面って感じだし、あさみちゃん?は一般的には可愛いとされる顔だけど、俺は受け付けない。」
「あさとが受け付けるか受け付けないかは関係ないでしょ。あと、あさみの名前、微妙にまだうろ覚えなのね。」
「うん。覚えても呼びたくないし。ま、可愛くても可愛くなくてもどっちでもいいでしょ。問題は性格だって。」
「そんなわけないでしょ。恋愛的には、顔が結局重要じゃないの。みんな綺麗ごと並べるけど、結局最後は顔よ。可愛い子はモテて、そうじゃない子はモテない。顔が可愛くなくても、可愛げのある子はモテるけどね。」
「そう?さつきちゃんはかっこいいと思うけど。」
「それ、よく言われるわ。」
さつきはため息をつき、下を向いた。
「慰めたつもりだったのに。」
ぼそっとあさとが呟いたが、さつきは聞こえていなかった。
「ごめんって。ねえ、可愛くなければ駄目なの?」
「そりゃそうでしょ。」
「綺麗、じゃあ褒め言葉にはなりまセンカ?」
「は?」
さつきが顔を上げてあさとの方を見ると、少し顔が赤かった。
「ちょ、ちょっと、何照れているのよ。」
「別に照れていまセンヨ。」
「嘘。」
「嘘じゃないデス。それじゃあ、また今度会いまショウ。」
「あ、ちょっと逃げるなって!」
あさとはさっさとどこかへ行ってしまった。
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その日の夜、さつきは少し考え事をしていた。
「はあ、あさとのやつ、一体何考えていたのよ。」
そう呟きつつ、昼間にあさみに言われた言葉を思い出していた。
相手のことをつい考えてしまう、気が付いてないだけでその人のことが気になっている、か。
いやいや、私はあさとが変な人だから気になっているだけで、恋愛的な感情じゃないから、うん、あさとだって、言い慣れていないことを口にしたらつい照れただけ、よね?うん、きっとそう。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えながら、さつきは眠りについた。