第3話 君は誰?
遊園地で遊んだ次の日。
さつきは自分のクラス以外の教室をくるくると回っていた。そう、あの時々見かける男子、変な人を探していた。
「何しているの?」
教室では、そのクラスの人に声をかけられることも多かった。さつきは、他のクラスにも友達が多いのだ。
「いや、ちょっと人を探しているんだけど…」
「どんな人?」
こう聞かれると、さつきは必ず返答に困った。
見かけは、特徴と呼べるほど特徴は無い。そもそも、廊下の窓から顔を出したり、暗闇で話したりしていたくらいなので、顔くらいしか知らず、身長すらよく分からない。
というか、そもそも名前を知らないことに、今日気が付いた。
「えーと…言動が少し、いや、かなり変わった人。見た目は普通の男子だよ。」
そう言うと、なんとなくそれっぽい人を探して連れてきてくれる。しかし、その中に、あの変な人はいなかった。
今日探してみたことで、自分が彼のことを何も知らないということを実感した。
「はあ、もしかしたら違う学年かもしれないし、今度会ったら聞いてみるか。」
この前はあんなにムカムカさせられたというのに、なんとなく彼のことを知りたくなっていた。
さつきは、頭の片隅に変な人のことを置いておきながら、日々を過ごした。
「さっちん!聞いてよ、たかしくんがさあ!」
あの日から数日後、あさみがさつきに、こう話しかけてきた。
「何、どうしたの?」
「私の誕生日忘れてたんだよ!?ひどくない!?」
「ああ、それはひどいね。付き合い始めなのに。」
「でしょでしょ!?もー、信じらんない!!」
さつきは内心、そのくらい別に、と思っていた。
それよりも、私がもう失恋から完全に立ち直っていると思えているあさみの方が信じられないと思っていた。
「だーかーらー、ごめんってば!次の日曜に埋め合わせするって言ったじゃんかよ。」
そこへ、たかしが現れた。
「そういう問題じゃないのお!こういうのはその日にやるのが重要って言うかあ。」
「じゃあ、埋め合わせはいらないのか?」
「それはいるのお。」
「じゃあ、どうすればいいんだよ…。なあ、さつき。俺どうすればいいんだ?」
ふてくされるあさみと、困惑顔のたかし。
さつきは、ため息をつきたいのをぐっとこらえて、たかしを見て微笑んだ。
「じゃ、記念になるものでも買ってあげたら?お揃いの物でもさ。ね、あさみも。誕生日すっぽかされたんだから、何か、うんと高いものでも買わせちゃったら?」
「それいい!じゃあ、私ダイヤの指輪かな!たかしくんとお揃いの!」
「おいおい、金足りるわけ無いだろ!っていうか、それ、婚約指輪みたいじゃねーか。」
「あ…えへ。」
「ったく、お前は可愛いんだから。」
とりあえずその場は収まったようだ。
いつの間にか、2人は自分たちの世界に夢中になってしまったようで、もうさつきのことは見えていない。
「疲れた…」
さつきが呟いた言葉にも気が付くこと無く、2人はラブラブな状態で帰って行った。
「本当、よくやるよね。」
窓からひょっこり顔を出したのは、あの、変な人だった。
「あ、変な人。」
「えー、その呼び名定着?何か嫌だなー。」
「っていうか、あんた誰なの?私の学年じゃないみたいだけど、というか名前も知らないんだけど。」
「あ、珍しいね。紺野さんの質問で会話が始まるのって。」
変な人が、ふふっと笑って言った。
「そう?で、あんたは誰なの?」
「うーん、聞いても信じてくれないかと思ってたんだけど。」
「いいから。ちょっと探しちゃったんだからね。」
「そうみたいだね。あはは。」
「いいから答えてよ。」
さつきは少しむっとしていた。
変な人は、ごめんごめんと謝りながら話し始めた。
「俺、実は紺野さんの未来の息子なんだ。25年後から来たの。」
「え。」
「で、俺の名前は野田あさと。今の母さんと同い年。過去の母さんが苦しんでいるって聞いて、助けに来たの。」
「え、ええ!?」
さつきは困惑していた。
だって、ありえない。未来からやってくるなんて。
でも、相手は”変な人”なわけだから、そう簡単に違うとも言い切れない。
もし今言ったことが本当なら、教室で見つからなかったことも合点がいくし…。
さつきが思いを巡らせていると、変な人は、ぷっと吹き出した。
「まさか、本当に信じるとは。人が良いというか、馬鹿というか。」
そういいながら、くっくっと笑っている。
「え、何。今の全部嘘なの!?考えちゃった私が馬鹿みたい。」
「みたい、じゃなくて馬鹿だよ。ま、全部が全部嘘ってわけじゃあ無いんだけど。」
「え、どれが嘘でどれが本当なの!?」
変な人はひとしきり笑った後、さつきの方を向きなおして答えた。
「息子っていうのは嘘。未来から来たのも嘘。でも、名前が野田あさとで、紺野さんと同い年っていうのは本当。」
「そ、そうなの。え、じゃあ教室にいなかったのは?」
「俺、この学校の生徒じゃ無いからね。」
「は!?」
さつきはあさとを見て声を上げた。
「じゃあ、何でこんなところにいるわけ!?」
「俺、幽霊だから。」
「いや、もう信じないし。」
「本当だって。」
さつきが真っ直ぐあさとの目を見ると、さっきとは違い、笑っていなかった。
「え、何、じゃあもう死んでいるってことなの?この学校に住みついてるの?」
「勝手に殺さないでよ。まだ仮死状態。そのうち生き返るから。」
「…それは生き返るじゃなくて、起きるじゃないの?」
「お、言い返された。ぐうの音も出ない。」
あさとは、楽しそうに笑っている。
「何でまた、そんなことになってんのよ。あんたも案外大変なのね。」
「紺野さんほどじゃないよ。それに、せっかく名前教えたんだから、あんたじゃなくて名前で呼んでよ。」
「野田君。」
「何で名字で呼ぶのさ。」
「野田君が私のこと、名前で呼んでくれたら呼んであげる。」
「なんか上から目線ー。まあ、いいや。ところでさつきちゃん。また面倒くさいことしてたね。飽きないの?」
微妙に話を元に戻され、名前でも呼ばれ、さつきは少しびっくりしていた。
「え、そんなに気になるの?」
「うん。俺なら切れてるしね。」
「そう。ま、いつも通りなだけよ。」
あさとは、はあとため息をついた。
「いや、尊敬するよ。本当すごい。さつきちゃん、あんなに面倒くさい人たちとよく一緒にいられるよね。何、面倒くさい人が好きなの?」
「面倒くさい人が好きな人なんているわけないじゃない。仲が良いから、面倒見ているだけよ。」
「だって、面倒くさくない人だって大勢いるよ。何であの2人と仲良くするの?」
「別に、あの2人とだけ仲が良いわけじゃ無いわよ。もっと友達いるし。」
「じゃあ、尚更あの2人はいらないと思うんだけど。」
「いらないって何よ!あさみとはずっと仲良いし、たかしは幼馴染だし、2人とも、大事な友達だから。」
あさとは、ふーんと言いながら、さつきを見つめた。
「な、何よ。」
「別に。ただ、本当にただの友達?」
「何が言いたいの。」
「たかしくんのこと、まだ好きなんじゃない?」
さつきは、また図星を突かれて、思わず黙ってしまった。
「やっぱりね。…はあ、俺には理解できない。あんな男のどこが良いんだか。
それに、好きな人を友達にとられておいて、そのカップルに協力、もとい使われているなんて、とんだドMだよ。…俺には、あさみちゃん?の良さがこれっぽっちも分からないしね。」
さつきは、あさとにそう言われてぽかんとした。
「あん…あさとはあさみのこと、好きじゃないの?」
「当たり前じゃん。何であんな面倒くさい人好きになれるの。」
あさとは鼻で笑っている。
「だ、だって、今まで私が見てきた男子で、あさみを好きにならなかった人、いなかったから。」
「今まで見てきた?何人くらい?」
「何人って、何十人も見てきたわよ。」
「はは、何十人ね。それ、人が全部で何人いるか分かった上で言っているの?」
「え?で、でもだって、男の人はみんな、ああいう、ふわふわした可愛い、ちょっと抜けた感じの女の子が好きなんじゃないの?」
「みんな?みんなって誰。俺もそこに含まれるの?ああ、嫌だ嫌だ。俺はああいうタイプが一番嫌い。」
「え、じゃあどういうタイプが好きなの?」
さつきは、驚いた顔であさとを見ている。
「さあ?あさみちゃん?じゃない人。」
「じゃない人って何よ。」
「いいじゃん。気になる?」
「そりゃ、ここまで聞いたら気になるでしょ。」
「そうかな?ま、じゃあ気にしてて。またね。」
「え、ちょ…」
あさとは、そう言い残すとどこかへ行ってしまった。
まだ、あさとのことはあんまり分かっていない。
「はあ、あいつ、本当自分勝手なんだから。」
そう言うさつきの顔は笑っていた。