ふたりの老婆
広い敷地のうちのすぐ外に、小さな海岸があって、そこでテレビのロケ中継をしていた。元役者の革新的政治家が、必勝祈願のために四角い提灯のようなものを空中に飛ばしている。ここはそういった神事を行う聖地でもあった。しかし、それは思うようようには飛ばず、途中まで上がって降りてくるのだった。
「うーん、なかなかうまくいかないなあ」政治家も苦笑していた。
ほかの多くの者たちが飛ばした透明の物体は、どんどん空に舞い上がって、はるかかなたまで上昇しているのだった。私たちは岩場に座って、それらを眺めていた。
「怖いよね、まるで空に落ちていくようだ」
私が空に落ちないで済んでいるのは、地球という巨大な物体に押し付けられているからだった。引力はその質量に比例する。
「私は地球の引力が大好きだ」
家に帰ると、隣の部屋で何人かが集まってテレビを見ながら酒を飲んでいる。私たちが入っていくと、座っていた先輩が「チャンネルを変えてくれ」と言うのだった。リモコンが、壁にかけられていて、ちょうどそこに私が立っていたからだ。
「リモコンなんだから、手元に持っておけよ」と、私は言って、そのリモコンをテーブルの上に置いてやった。
私は自室に戻って、ステレオセットの電源を入れた。ラジヲをチューンして聴きたい番組を探した。「それの録音があるよ」と誰かが言った。
私はそれをどこにあるのかと、カセットテープの山を崩すが見当たらない。
私は再び外に出て、岩場の影から少しだけ見える海をみやっていたら、車の中から老婆が降りてきて、毛布のようなものをはたき始めた。すると、砂埃が舞って、それが私の方にもやってきた。
「おいおい、かかったじゃないか」
すると老婆はすまなそうにして、私の後から私の屋敷に入ってきた。車の中から、もうひとり小柄な老婆が降りてきて、いっしょに中に入ってくる。私は来るなといったのだけれど、聞きはしない。先輩たちももう帰宅していて、うちにいるのは私と彼女だけだった。
出て行けと言っているのに、ベッドの下に隠れたり、天井のシャンデリアの上によじ登ったりしている。彼女はそんなふたりの老婆を面白そうに見ている。歓迎するかのようにお茶を出したりもしている。
私は警察に電話をしようとするが、ダイヤル式の電話機の零と一の穴に上手く指が入らないので百十番がなかなかできない。今度こそうまくいったかなという瞬間に、受話器を取ると、向こうから話し声が聞こえた。さっきまでうちで飲んでいた近所の人で、元警察官というひとだった。
「なんだか様子がおかしいので、警察に連絡したよ。もうすぐ突入するはずだ」
その通り、制服を着た数人の警察官がドアから入ってきて、ひとりの老婆を取り押さえた。小柄な方の老婆は、裏庭の方に逃げて、彼女に「出口はいくつあるか」などと聞いている。しかし流石に諦めて、ふたりの老婆は警察官たちと一緒に出て行った。
そのあと私は彼女と話しあった。
「あのふたりは、昔ここに住んでいたのかもしれないね。私たちが手を入れる前に、廃屋となったここに、ジャングルの猿のように住んでいたのかもしれない」