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カウントダウン

 古い木造の料理旅館、廊下を歩いていくといとこの少女が、ぼくを見つけて駆け寄ってくる。「元謂おにいさん。泊まっていけるんでしょう」

「ああ、親族一同と一緒だ」

 おそらく二泊三日くらいかと考えた。

「うれしい」と、少女は、ぼくの首根っこに抱きついてきて、頬や首筋にキスしてきた。そして三回目は唇をすってくる。ぼくは、彼女の体を突き飛ばすように押しのけた。いとこといっても年齢差がありすぎる。少女は、恋愛の対象ではなく、むしろ庇護の対象だった。

 しばらく一人で、旅館のうち外を歩いていると、中居がぼくを見つけて声をかけてきた。

「お食事のご用意が出来ていますよ」

 土間の上り口に、粗末な感じの食堂があった。テーブルと床机が並べられ、一同がほとんど揃っていた。いとこの少女が、近くに座って欲しそうに目配せしてきたが、ぼくは無視して、最初若い男たちのところで挨拶を交わした。かれらは、ぼくのことを「不良の先輩」のように賛美してくれるのだった。やがて、玄関口に近い、普通なら下座とみなされる席に着いた。向かい側には既に父が座っていた。弟の姿はなく、父の近くの席はいくつか空席になっていた。それでも、テーブルの上に料理は並べられていた。和食、中華などごたまぜで、しかしボリュームがあった。

 ぼくの席には、中華スープとなにかのオードブル、そして肉丼が置かれていた。ぼくは肉丼の肉の部分だけを食べて、台の白飯は食いたくなかったが、そんな食い方をしてもいいのかどうか逡巡した。テーブルの上にはタンブラーグラスも置かれていた。父からビールを勧められるのではないかと恐れて、飲みたい酒を求めて席を再び立った。

 土間を出て行くと、近所の家が壊されて、その廃材が山と積まれているのがわかった。作業着を着た男たちが作業を続けていた。その脇に、酒類の瓶が積まれている一角が有り、ぼくはそこにそこそこ高級なスコッチのボトルを何本か認めた。シングルモルトではなくブレンデッドだったけれど、それでも安物とは全然違う深い味がある。ぼくはそれを、二本下げて席に戻った。

 すると、さっきの肉丼が既に下げられている。「一口もつけていないのに」

「次々料理が来るから、ほっとくと下げられてしまうで」と、父が言った。隣の席に、若い男の一人が座っていて、彼の目の前には大盛りの玉子チャーハンがあった。あんなものを出されたらたまんないなと思った。肉か魚が食べたい。

 ぼくは、スコッチの封を切って、机上のグラスに、とくとくとくと注いだ。隣の男が「美味そうですね。おれにもくださいよ」と声をかけてきた。「飲み方はどうするんですか」

「ソーダ割りがいいんだけど、なさそうだね」

「うーん、探してきましょうか」

「いや、いいよこのまま飲む」と、ぼくはストレートで飲み始めた。二本あるし、適当にオードブルでもつまんでいれば、そのうち寝落ちできるだろう。

 目を覚ますと、高層階の部屋の布団の中だった。そこはもともとぼくの部屋だった。数巡年前に、上京するために出たままだった。座机や木製の書棚もそのまま残っていた。ぼくは、それらの家具も持っていくつもりだったのだけれど、父はそうさせず、一緒についてきて、下宿先のアパートで家具も別に買い揃えさせた。それらはぺらぺらのベニヤ板のものだった。しかしそれらの書棚もいずれいっぱいになり、ぼくはそのうち自分の身入りで新たな書棚を買い続けることになった。

 引き出しの中を探すと、何もなかった。そこには、封筒に入った原稿用紙がいくつもあったはずだ。ぼくがいつか書いた小説の束が。ぼくは階段をいくつか降りて、その階にやってきた。なぜなら、その階には本物が揃えられているはずだったから。書庫に入っていくと、弟がいた。なにかの図面を漁っているらしい。しかし、ぼくは室内の閑散とした様子に唖然とした。ぼくは都から、随分多くの書籍や文書を、こちら宛に送ったはずだ。それらのほとんどが忽然と消えていた。あるのはつまらない、手紙や手帳ばかり。あるいは領収書の数枚。よく見ると、金銭関係のものが多い。

 窓の外に電線がいくつも張り巡らされ、その上に父がいた。よく見ると、本物の方の父だった。

「わしの方で取捨選択させてもろとからな」

 本物の父は大きな声で言った。

 ぼくは、手に持った感熱紙を手にしたまま、走り出した。階段のところまでやってきて、この階にある本物は外に出せないことを思い出して、それらの書類を放り出した。ぼくは息せき切って、階段を駆け降りた。本物の父は踊り場までやってきて、ぼくを見下ろした。そうなのだ、本物の父は、原人間なので、身の丈が数メートルもある。下界の人間の数倍もあるのだ。だが、それ以上追ってこなかった。

 中二階に、木製の机が並べられ、少年たちが生徒のように座っていた。ぼくも、その空席に座った。机の上には、原稿用紙と鉛筆が置かれていて、課題の作文を書くのだった。ぼくは、すぐに書き始め、コツコツと鉛筆の音を響き渡らせ、すぐに終わった。二つ後ろの席に、いとこの少女が座っていた。

「お兄さん、もう書けたんでしょう」

「うん。できた。こんなのは簡単だ」

「あたしはまだ半分くらいしか書けてないのに」

 いとこはいとこであるのと同時に、ツイッターで知り合った地方都市の女子学生にもなった。その女子学生は、いずれ教師になったか主婦になったか。ぼくは、五十歳の文筆業であると同時に、中学生の受験生でもあった。ここには時間が遍在している。

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