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顔の白い男

目が覚めると、昨夜泊まっていった弟が身支度をしている。きょうは土曜日なのだけれど仕事があるのだろうか。畳敷きの六畳には、布団が何組か広げられ、そこにもうひとりの客と猫が寝ていた。そこへ、黒いものが転がるように移動していった。ボーリング玉くらいの大きさに見えたが、それは細長い脚が五六本か七八本くるくる回るように動いているもので、本体はこぶし大くらいの虫のようだった。そこへ、うちの猫がぶつかっていって、合体してしまった。

 私は金縛りに遭っていて、身体が動かない。喋ろうとすると、なんとか口が少し動いた。

「早く切り離して、虫だけ外に出して」といったはずだが、もごもごという音にしかならなかったかもしれない。

 その間にも、虫と猫が合体した黒い塊は、部屋中を走り回り、積み上げられた荷物の上に上がったり飛び降りたりしている。その、飛び降りた瞬間に、猫だけスーッと飛び降りてきた。スピードに差ができたからだろうか。私の体はまだ動かない。

「早く、早く虫を外へ」

 誰かがドアを開け、そこから虫は外へ走っていった。

 ようやく私も体が動いて、ポストを見ると、不在票が入っている。しかもご丁寧に、縦二列横五列ほどの棚が出来ていて、それぞれにいくつもの不在票が入っている。なかには五枚も六枚も不在票が入っているところもある。このマンションのそれぞれに向けたものだが、それがどうして私の部屋にあるのかわからない。

 ポストの隙間から外を見たら、ラフなカッコをした若者がぶらぶらしている他に、黒い服を着た大人たちが何人もいた。それはどうやら喪服で、どこかの部屋で通夜でもあったらしい。

 私は外に出た。エレベータのところに布団を干していた。途中で、なにかの作業をしている男がいた。

「大丈夫ですか」と声をかけたら、「大丈夫ですよ、先生」と返事をしてきた。

「鍵が必要なら先生とこへ行くように言われています」

 なんだかいつの間にかうちが管理室になっているようだった。そして管理人のことを先生と呼ぶ風習でもあるのか。

 干していた布団は地べたに落ちて、砂が付いていた。あろうことか、タバコの吸殻も端に乗っていて、ふと見ると、それと同じ色のフィルターのタバコを吸っている、喪服を着た男がすぐ近くに立っていた。怒鳴りつけてやろうかと思ったけれど、思い直して、丁寧に「すみませんが、これ、あなたのでしょうか」

「ああ、そうなんです。申し訳ありません」そしていつの間にか手に持っていた千円札を私に渡して「とりあえずこれでお気持ちを。それであらためて、おふとんは買い取らせていただきます」

 でも、今夜布団がないと困るな。と考えていたら、男は更にカバンから札束を出して「これでいかがでしょうか。五十万あります」

 私は驚いて「そ、そんなに要りません。そうですね、布団っていくらくらいで買えるんだろう。三万円でいいです」

「では、五万円ということで」

 結局私は五万一千円受け取ったことになり、イチローの背番号だからこれでいいやと考えた。もちろん五十万円もらってしまえば、苦しい生活がかなり楽になるのだけれど、五万円でも大きい。

 私は買い物袋を持って外に出た。どちらに行けばよくわからなかったけれど、とりあえず正面のショッピングセンターのほうに向かうことにした。すると後ろからぶつかってくるものがあった。見やると、一人は中年の女で、もうひとりは初老の男に見えたが、その男はずっと右手をハイルヒトラーのように上げていて、どうやらその手が私にぶつかったようだった。手が下ろせない病気でもあるのだろうか。よく知らないがありそうなことだ。男の顔を見ると、真っ白だった。顔中に白い薬を塗りたくっているのだった。私は方向転換をして、彼らから離れていった。

 少し歩くと、制服の婦人警官に呼び止められた。

「荷物を改めさせてください」

 万引きでも疑われているのだろうか。彼女は、私の買い物袋から、女物の黄色いハンドバッグを取り出した。しかし気にする様子もなく、元に戻そうとしたが、私は驚いた。そんなものは持っていなかった。私はそれをもう一度、持ち上げて「これですよ」と警官に言った。

「あ、さっきのふたりだ。女と男の二人ズレ」

 見渡したがもう見えなかった。

「それなら、調書を取らせてください」

 めんどくさいと思ったが、仕方なくついて行った。角のところまで来たときに、警官がガクッと前のめりになったので、どうしたのかと思うと、さっきの白い顔の男が、彼女を後ろから抱えていて、彼女の胸からは包丁の刃先が飛び出し、血が流れていた。

「しろ八だ」

「八万円ですか。今持っていません」

 持っているのは五万一千円だった。

「じゃあ、二時間後だ。二時間後にここに持って来い」

 私はそこから離れて、銀行に下ろしに行くことにした。多分三万円くらいは入っている。でも、歩くうちにどんどん坂を登っていて、坂の横には小川があって、山の中に入っていくようだった。道もわからないし、銀行へも自宅へも行けそうにないなと考えた。ポケットを探ったが、携帯電話は持ってこなかったらしくて、GPSもきかない。

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