天気予報
スピーカーから、ゆったりとした口調で声が聞こえた。
「おねいさんの天気予報」
丁寧な言い方でなめらかで、完璧な発音なのにどこか外国人が話しているような感じがした。
「おねいさんの天気予報。スカンジナビア半島の中ほどは、高気圧に覆われるでしょう」
「あ、ダメだ」とオレは叫んでいた。「バレたんだ。早く! クローネを買い占めるんだ」
助手たちが「あ」とか「う」とか言ってるので、蹴り上げるように急かした。「早くしろ」
「ぼくもですか」
「そうだ、お前だ」
「でも、乱高下していますよ」
「あいつら、スパイならまだしも。仕手に使うなんて」
台所に降りていくと、水浸しになっていて、料理に使われた肉の血だまりなどができていた。オレはモップでそれらを掃除した。角の所に座っていた男の子がいたので、「こっちに来るか」と聞いたら、うなづいたので、その足を引きずり下ろしてやった。その横に、その母親のような女がいたので、その足も引きずり落としてやった。オレはようようと引き返した。
モップを二本抱えて事務所に戻り、床に放り出した。
逃げたほうがいいなと思った。追ってがかかる。
オレは、ロッカーに戻って荷物を整理した。服装に構っていられなかったので、ほとんど寝間着姿だった。必要最小限のものだけを、小ぶりのトートに詰めて、外に出た。
すぐ近くに鉄道の駅舎があったので、そこに行ったら、窓口が空いていて、切符を販売していた。しかし、その列車自体は、明日の朝にならないと出発しないという。それでは遅すぎる。同じようなことを考えたのか、複数でこぐタイプの自転車を用意していた男たちがいた。
「オレも漕がしてくれ」
「おお」
そして出発した。駐輪場に何台も自転車が放置されていたのを物色している一団があった。その中にさっきの親子もいた。けれど、どれも鍵が掛かっていてダメだった。車が見つかったらいいのにと思った。車を運転できるくらいが、オレに出来ることだと考えた。しかし本当はペーパードライバーなのである。