照準
「頼みがあるんだ」と、カメラマンが私に言った。ここに座って、ずっとその男に照準を合わせていて欲しいと。私はそんなことは嫌だったが、なぜだか引き受けていた。高装備なカメラだった。
「これはいくらくらいするの」
「サブのレンズだけで八百万くらいかな」
「落として割ったら大変だな」
「落としても割れないから大丈夫」
船室の中には豪奢なパーティ会場が設えられていて、その中ほどにその男は座っていた。かれはこの船の所有者で、いつもその席に居るのだという。しかしそんなはずはない。私たちが会話をしている間に、その男は立ち上がり、はしけに乗り移った。船の客たちはそれに手を振って見送った。
私はカメラの照準を、さっきまで船主の男が座っていた場所に向けた。確かに、男の姿が映っていた。男の姿をいつでもその場所に映し込むように、かれの居場所からその席まで、レンズが繋げられているのだった。
「話をしよう」と、第三の男が言った。「私は知ってたんだ。いつもあの席に、やつがいることを。しかしいないことを。そのことを知っていたので、さっきあなた方の話が聞こえたとき、違和感があったんだ」
私たち三人は、デッキの上にある白い椅子と白いテーブルのセットに集まった。私は相変わらず、機関銃のようなカメラを持たされていた。私が座ると、段差があり、おっとっとという感じで後ろに倒れそうになった。しかし、その倒れた先に別の人たちの席があり、そこに引っかかって斜めにその席のふたりの女性を見上げる格好で止まった。
「このまま、私たちの名前を聞いてくるのかしら。そうだとしたら失礼ね」
そういったのはまだ子供のような若い女だった。
「違うわよ。きっと動けなくなってるのよ。歳を取るとそうなることが多い」
「そうなんです」と、私は言った。そしてゆっくりと起き上がった。
私たちの席には、かき氷のようなものが運ばれていた。私はスプーンでそれを食べようとしたら、かかっていたゼリーのようなものがこぼれた。テーブルの上のそれを拾って食べていたら、後ろから声がした。
「そんなもの、食べないで」
こぼれたゼリーは、しょっぱくてしらすのような味がした。形は、アニメのキャラクターを象ったものだった。後ろから手が伸びて、それらをさっとテーブルから落とした。
声の主はさっきの女だった。女は胸をぎゅっと私の背中に押し付けて、私の顔を覗き込んでくる。
「まだ名前を聞かないの」
私が自分の名前を名乗ろうとしたら、女はさっと離れた。
「もうすぐバレーボールの試合が始まるわ」
そう言って去っていった。