猫超人マスター
わたしたちが、ちょうど家の玄関についたときに、後ろから追いかけてきた高校の時の同級生の女の子が、わたしたちに棒きれのようなものを渡して言う。
「これ、捨てといて」
素材は、新聞紙なのか木っ端なのかよくわからない。長さは一メートル強だった。
「どうしよう」と、連れの友人が言うので、わたしは「その辺に適当に置いとけばいいだろう」と答えた。
「どの辺に?」
「そうだなあ」
わたしたちはそれを置く場所を探しに行く。玄関のすぐ脇に置いておこうかとも思ったが、いくらなんでもそれはないと思ったからだ。座敷に上がると、そのつなぎ目や角のところに、四角い穴のようなところがあるので、そのどれかにおいておこうかと思って、うろうろするのだけれど、それらはいずれも商店や展示室のコーナーであって、とてもゴミを置けるようなところではない。わたしたちはその棒きれを持て余して、ぐるっとまわった商店街の入口から里に戻ってくる。
「あの方は、わがままなんですね」と、友人が言う。
「そんなことはない。わたしが運動場でひとりさびしく佇んでいると、一緒に帰ってあげようと言ってくれたことがある」
その話は、半分嘘で半分本当だった。最初から、わたしは彼女に一緒に帰ってくれるように頼んでいたのだ。はじめそれは断られたが、わたしが余りにも寂しそうにしていたので、応えてくれたのだった。優しい人には違いない。
「小学校から大学まで、ずっといっしょだったんだ」
それは嘘だった。一緒にいたのは高校生のときだけだった。
そんな話をしていると、仲間たちが、家の方から歩道を進んでやってくる。わたしたちを見つけると小走りになって「おーい、大変だぞう」という。
「これを見てみろよ」
その手には、マンガが一冊持たれていて、題名は「猫超人マスター」というのだった。わたしたちが、彷徨っている間に、書き上げられたらしい。わたしたちも一念発起して、マンガを書く。メンバーは四人で、わたしを含めたふたりが原作を書き、残りのふたりが作画した。
わたしが代表して、出来上がったものを取りに行くことになった。わたしが慌てて駆け出すと、横を通りかかった車がわたしを助手席に乗せてくれた。家族で観光旅行に来ているのだという。ふっと窓の外を見ると、仲間が一人ビニール袋を持っているので、腕をさっと伸ばして受けとった。車は既にスピードを上げていた。
「あぶないあぶない。わたしは初心者なんでね。この旅行のために免許を取ったんです」と、運転席の初老の男が言う。わたしは自分たちが書いたマンガについて説明する。ちょうどビニール袋の中に、一冊見本があったので、それを見せながら。
「まずはじめの方には、解説が載っているんです。四日市を舞台にしたマンガなんですけれど、その背景となるような歴史や地誌なんかをね。カラー写真も載っています。さらにその前には、まえがきがあって、わたしたちがどうやってこのマンガを書こうとしたのか。そして挫折。一回頓挫したところからどうやって起死回生となったのかなどなどが書かれています。わたしは原作を書いたのですが、それは小説の形で、せっかくだからそれも載せようということで、載っています。それが、ええっと」
ページをめくったが、この見本には載っていなかった。
「本篇の、小説二作と、マンガ二作は別の冊子に載っています」
着いたところが、彼ら家族の実家で、娘の部屋に通される。娘は二十歳前くらいで、でっぷり太っている。わたしがビニール袋の底から、半分異次元に飛んだみたいになっているりんごを取り出すと、ゴミ箱に捨てればいいと言ってくれる。しかしそのゴミ箱は大量のゴミで溢れかえっている。わたしはそこにそっと、りんごを置いた。
「やっぱり一緒に食べたい」と言い出したが、わたしは一度捨てたものを食べる気にはならない。
「まあまあ散らかして」と母親らしきが言う。「それにこのお客さんはちっとも片付けないし」
わたしは、わたしと娘が散らかしたと思しきゴミを手のひらで集めようとする。それらはわたしがテーブルの上に置いたシャツの上にまで及んでいた。わたしはそれらを振り払い、さっと着て、お暇を告げる。
「おまえたちやったのか」と尋ねられた。
「やろうということに一度なったが、そのあとやめることにした」
わたしは再び仲間たちと合流して、列車の駅にやって来る。
「ああ、これ乗ったことがないよ」と、誰かが言う。
特急と特急の乗り継ぎにのる「急行」だった。
「これ指定席なのか」
「いや、たしか普通列車の扱いだったような」
「乗っていこうか」
「やめとこうよ」などなど、なかなか決まらない。