♂♀⑦ 「僕、ブラックジャックに恋しちゃいました。」
芽吹ちゃん、二年目文化祭編に入りました。今回はとりあえず初日午前パートという感じです。
気付けば夏らしい暑さはさりげなく鳴りを潜め、朝晩の気温と風は秋の香りに変わっていた。幾度かの台風と秋晴れを代わる代わる繰り返し、季節はもう10月末。世間は紅葉とハロウィン。そして各地の学校では学園祭や文化祭が開催される季節である。
そして今日10月26日は、僕が通う夕陽ヶ丘高校の文化祭。略して夕高祭の日なのだ。2年生になった僕にとっては二度目の文化祭。去年は不本意にもメイド喫茶のメンバーにされて、そのうえなんだか握手会だか撮影会だかよく分からない状況で揉みくちゃにされた記憶が……、あぁ、あぅぅ……。でも今年は大丈夫!今年は僕達2年生は喫茶とかじゃないからね。今年は僕達は演劇担当だからね。うん。きっと大丈夫だよ。
「ハル、さっきから何が大丈夫なんだ?」
「ん?あぁ、演劇なら去年みたいに沢山の人に群がられることはないから大丈夫だよねって思って」
「あぁ、そういうことな。なるほど。……ハル?」
あれ?秋人から哀れみの視線が……?なんで?優しく肩叩かれたし?
そして秋人は芽吹に静かに言った。
「演劇は観客の視線が一番濃厚に集中するやつだぞ。お前昔やったろ?」
「え…………?あははははっ!聞こえなーーい!」
「笑って誤魔化すな!」
午前9時。少しだけ肌寒さを感じつつも爽やかな快晴秋晴れの空の下、夕高祭は始まった。
芽吹達が通う夕陽ヶ丘高校の文化祭は、一日目に一般公開。二日目には学校関係者だけで行う後夜祭とがある。
一日目の今日は一般公開である。玄関前ではまず焼き鳥やフライドポテトなどの屋台で訪れたお客さんに祭りの雰囲気を掴んでもらう。そして中に入ってまず視界に入るのは、
「いらっしゃいませ。こちらで校内案内のしおりをお受け取りください」
「あと、これも良かったらどうぞ」
プレデターのコスプレをした受付係が見た目に反して爽やかに示したのは、手元に並べられたホラーキャラの被り物の数々。プレデターにエイリアン。フランケンやゾンビ等々。ハロウィンでは定番の物だった。お客さんにもハロウィン気分を味わってもらおうという趣向だ。あとはもうお客さんの自由だ。来てそうそうに模擬店エリアで食事にするのも良し。各展示物を見て回るのも良し。生徒も教師も様々な趣向を凝らしてお客さんを待っている。
今日僕達がやる演劇は午後2時からの開演。それまで僕達は何をするのかと言うと、2年生は基本盛り上げ役ということで、
「僕達って演劇の時間まで何するんだっけ?」
「俺ら2年生は基本お化け役だ。ハロウィンのコスプレして校内歩き回って、適当にお客さんを脅かしたりしてればいいらしい」
「ほーほー。なるほどなるほど」
「ってこれ去年と同じだろ。去年の
の2年生もお化けの格好して校内を歩き回ってただろ」
「……アレレ、ソーダッケ?シラナイナー」
「どこもかしこもお化けだらけでビビって逃げまくってたのはどこのどいつだ?」
「全然ビビってなかったし。お化け役の人に気を使って怖がってあげただけだから」
「いや、当時のハルはこう言ってたな。『漏れそうだったからトイレに急いでたんだよ』」
「ぅぐ……」
我ながら如何にも言いそうな言い訳だな。
正直に言うと怖かったです。でも今度は自分がお化け役になるんだから何も怖くはない。ましてやこれは僕達2年生の役割なんだから、楽しんでやるべきだ。それに本当にちょっと面白そうだし。お化け役。
早速ワクワク気分で校内を歩き始めたところで芽吹と秋人は気付く。ところで、その肝心の衣装はいったいどこから?もう既にお化けやモンスターが校内を歩き始めていた。これみんな2年生なんだよね。どこで着替えてきたの?自前?そう思っていたところへ、
「芽吹ちゃあーーーん!」
「ほぇ……?」
「うおっ!バカお前その格好で走って来んな!」
両手を広げながらこっちへ猛ダッシュで向かって来る血塗れナース。咄嗟に気付いた秋人が制止の声を上げたがもう遅かった。この瞬間今日一番の悲鳴が上がったのは言うまでもないだろう。
「もぉー、夕夏のアホ!」
芽吹の絶叫気味の罵声が飛んだ。
「あははは!いやぁ、ごめんごめん。芽吹ちゃん見たらついいつものハグがしたくなっちゃって。メンゴメンゴ」
血塗れナースの正体は鳴海夕夏だった。腕に巻かれた包帯とナース服と顔が血塗れ。目元に不気味なアイシャドウ。この見た目で突然走って来られたら普通の人でもちょっとビビるだろう。そう。芽吹は悪くないのだ。
あともう一人。
「んで、八乙女さんのそれは……」
秋人が恐る恐る訪ねると、
「ゆ、雪女だ。……こっちを見るな」
「うわあ~~、八乙女さんすんっごい綺麗!八乙女さんの雪女すごい!」
「っ……!は、恥ずかしいからあまり騒がないでくれ。や、やつらに勝手に着せられただけだ」
うっすらとした水色の浴衣に綺麗な長い銀髪。そして八乙女さんの特徴の切れ長な目。まさに雪女である。
手を叩いて興奮する芽吹に、満更でもないながらも恥ずかしさで小さくなる八乙女さんだった。
「確かに妖怪、お化けの類いなんだろうけど、八乙女さんのそれは、単純に美女だな」
「うん。八乙女さんのは美人だから怖くない。でもある意味綺麗過ぎて怖いってパターンもありかも?」
「や、やめろぉぉ!私を見るな!褒めるなぁぁ!」
「今の秋奈っち、あんまり注目すると真っ赤になって溶けてなくなるよ。……ところで、二人はまだ着替えてないの?」
先に着替えて来た夕夏と八乙女さんに聞くと、ハロウィンコスプレは手芸部とコスプレ愛好会が共同で衣装の提供と着付けをしてくれているらしい。因みにコスプレ愛好会には去年の文化祭で活躍したアキバオタクの園田加奈さんがいる。
とりあえず衣装を借りるため、夕夏に案内されて多目的室にやって来た芽吹と秋人。
「おーいそのかぁー、芽吹ちゃんと秋人連れて来たよー!」
と、夕夏が呼び掛けると、突然目の前の下からニョキッと。
「芽吹ちゃんキターーー!」
「ギャアアアアッ!」
突然現れたゴスロリゾンビに芽吹がまた絶叫。
「「やめい!」」
「アタっつ!」
秋人と八乙女さんに冷静に頭を叩かれる園田さん。その後、ゴスロリゾンビが美少女に何度も頭を下げるという妙な光景がみられたのだった。
お化けコスプレは、手芸部とコスプレ愛好会のみんなで用意した衣装をコーディネート、或いは自由に選んでもらって着るというやり方をしていた。
実際に手芸部お手製の凝った衣装もあれば、コスプレ愛好会のメンバーが長年買い揃えて来たハロウィン衣装もあり、中にはドン・キホーテ等の雑貨屋さんで買ってきたパーティーグッズ的な物もあるらしい。
「ほえ~~!」
目の前のテーブルの上に列べられた衣装のラインナップに目を奪われていた芽吹だったが、突然手を掴まれた。
「芽吹ちゃんこっち来て。芽吹ちゃんに着て欲しいのはもう幾つか決まってるから」
「えっ、ちょ、……ってミヅキちゃん!?」
海月冬耶だった。
なんでここにミヅキちゃんが?今の時間は確か演劇の準備で体育館にいないといけないんじゃ?
「そんなことは後でもいいんです!サァ、早く早く!」
「わぁ、ミヅキちゃんに心読まれた?……って、え?……えぇ!?ちょっ……えぇぇぇ!?」
文句も有無もなく、カーテンで仕切られた簡閲のスタッフルームに引き込まれた芽吹は、海月冬耶によって瞬く間にハロウィン衣装に着せ替えられてしまった。
「……ねぇ、ミヅキちゃん?」
「はい?なんでしょう?」
「これって……何?みんなみたいにゾンビじゃないし、お化けでもモンスターでもないよね?こんなモフモフなヤツいる?なんかお尻のところでウインウインパタパタしてけど?」
ミヅキちゃんにあっという間に着せ替えられた僕の格好は、僕の知るハロウィンとはどうも違うような気がした。お客さんを全然怖がらせられる気がしないんだけど……。
「安心して下さい芽吹ちゃん。その格好で大丈夫です。その衣装もみんながよく知る有名なモンスターの代表です!」
「え、そうなの?」
「はい!それは……」
それは…………………。
「オオカミ男だって」
「な、なるほど……な」
海月とコスプレ愛好会のやつら、なんてセンスしてんだ!?ハルにこんな……、こんな格好させるとは……!これはオオカミ男って言うより、オオカミ“男の娘“だろ!かっ……可愛すぎるぅぅぅぅ!
衣装に着替えて教室を出た僕と秋人。秋人も園田さんとミヅキちゃんに無理矢理着替えさせられたみたいだな。ちょっと顔赤いし。疲れてる?
この時芽吹はまだ気付いていなかった。いや、おそらく最後まで気付かないかもしれない。いや、出来ればこのまま気付かないでいてほしい。
芽吹ちゃんのコスプレ姿を読者の皆さんに一発で伝えたい。例えられるなら、最近巷に出没しているどん兵衛の『ドンぎつね』という動物だろうか。因みに金髪のオスの方ではない。黒髪の可愛い方だ。そう。あんな感じのイメージが近いだろうか。つまり、秋人の動揺と急激な心拍数上昇は人知れずレッドゾーンだった。
計画上通りあの衣装を着せることに成功した海月冬耶は、悪戯に成功した子供のような、それと同時に、一つ不安が取れたような心境で、ドアの隙間から芽吹を見ていた。
何故芽吹の体は今になって男の体に戻ったのか……?この状況は海月冬耶の意図なのか……?それとも……。
「ところで秋人のそれは何の衣装なの?お医者さんのゾンビ?」
「いや、ブラックジャックだって」
「おー、そう言われればそんな感じだね。……あれ、でもあれって人間だったよね?」
「あぁ。モンスターじゃないし。ゾンビでもない。でも全身縫い合わせられた体だからフランケン的扱いなんじゃないか?」
「あぁ、なるほどね……。う~ん……」
この時僕は不覚にも……でもないか?秋人の白衣姿にドキッとしてしまった。秋人の白衣姿カッコいい!前髪で片目隠れてる感じとかもなんか異能力者みたいだし。
僕、ブラックジャックに恋しちゃいました。……な~んてタイトルのラノベとか漫画ありそうだなぁ。
なんて考えている芽吹だが、本人は気付いていない。この時の芽吹の表情は普通にニヤけていた。それを見詰めていた秋人と周囲の人達の目線と意識は、芽吹のその純真無垢なニヤけと、衣装に仕掛けられた自動フリフリの尻尾の動きに奪われていた。まるで大好きな飼い主に本能的に全力で尻尾を振ってしまう犬そのものに見えるからだった。
「これで演劇の伏線と宣伝の第一工作は出来たかねぇ。さて、次は……と」
「3の付く日は三太郎の日ぃー!桃ちゃん桃からパッカーン!かぐちゃん竹からパッカーン!6の付く今日は体育館でおとぎ話をー!」
お昼を跨ぐ午前と午後の境の時間、プラチナブロンドの綺麗な髪を靡かせた天狗のお面の少女が、妙な歌を歌いながら校内を飛び回る姿が度々目撃されていたという。
続く……
どん兵衛のどんぎつね。皆さん可愛いと思いませんか?ってか芽吹ちゃん結局またキツネキャラかよ!?ってツッコんだ人、……芽吹ちゃんの「かわいい」は正義です!なんでも許されるんです!
とりあえず次回予告ですが、次回は芽吹ちゃんと秋人の文化祭デート的な展開を予定しています。




