♂♀③脱げばめちゃカワ男子
二学期早々に僕の身にまたしても突然、謎の性転換現象が起こりました。
今度は男の身体に。元に戻ったという意味では、一年程前の僕なら喜んでいたかもしれない。でも今は違う。僕は女の子として、秋人の彼女として新たな生活を始めたばかりだった。
しかしながらと言うかなんと言うか……、その~……、顔とか声とか、あと気持ち?精神面とかが女の子な訳でありましてですね、えーと……それでいて、デリケートな方面に関しては男の子なのかな?という次第でありまして。詰まる所なんと言うか~……、もぉっ!複雑過ぎて訳分かんないよぉ!
前回のお話の、トイレでのワチャワチャの件に関してはいろいろ恥ずかし過ぎるので省略させて下さい。あれを思い出すだけで、僕もうお嫁さんにもお婿さんにも行けません!だから忘れて下さい!
「もうっ、夕夏のせいだからね!責任取れってんだ!」
「え、既成事実?いくら芽吹ちゃんでも不妊はしてよ。アタシには有馬京弥君て相手が……」
「「そういう話じゃない!」」
パカーン!
ビターン!
僕と八乙女さんで揃って夕夏にツッコんだ。はりせんで。
9月8日土曜日。
この日は夕夏と八乙女さんが僕の家に遊びに来る約束になっていた。
10時頃に行くと言っていたから、いつもの休日よりも早く起きて朝食もそこそこに、部屋を整理整頓することにした。もともとそんなに散らかっていなかったから作業はすぐに終わり、何か見落としは無いか部屋を見渡してみた。あの夕夏のことだから何か僕のプライバシーを掘り下げて来る可能性は充分にある。油断は出来ない。
芽吹はそんなことを考えていてふと、姿見に写る自分の姿に目をやった。そしてとある疑問が浮かぶ。
「このまま女の子的私服でいいかな?それとも、男の子的なほうがいいかな?てかそもそも……」
今の自分の性別はいったいどっちなのだろう?と……。
因みに今朝の芽吹の服装は、普段の部屋着よりちょっとだけオシャレしてか、水色と白のボーダーワンピース。中はTシャツ。下は短パンと、まだまだ暑い9月に合う爽やかスタイルであった。
これから友達が家に来る。しかも秋人以外に芽吹の事情を知った夕夏と八乙女さんだ。(元々が男の子だったという事実は言っていない)
芽吹は妙に緊張する自分を紛らわそうと、服装のことを母菜花に問い掛けることにした。
「母さん」
「何、芽吹ちゃん」
「僕って今一応男子…なんだよね?」
不安げに問う芽吹に母菜花は、
「いえ。貴女は女子よ」
「え、いや、でも……」
「貴女は"美少女"なのよ!」
「うっ……!」
食い気味に反論された芽吹は気圧されて押し黙る。
男の大事なモノが戻って"美少女"は無理があると思うんだけどなぁ~……。
「遊びに来るのはあの鳴海さんと八乙女さんの二人だけなんでしょ?」
「あ、うん」
「芽吹ちゃんの体が男の子になった事実を受け止めてくれた二人なんでしょ?」
「うっ……ま、まあ」
母菜花の問いに、あのトイレでの一件を思い出して一瞬だけで顔が熱くなるのが分かった。
「なら、別に良いんじゃない?」
「ほぇ?」
何が良いのか言葉の意味を汲み取れず、ポカンとした顔を向ける芽吹。
「あーもぅその顔可愛い過ぎるからやめなさい!食べちゃうわよ!」
「むにょっ!?ムニョムニョムニョムニョ」
あまりの可愛さとイジらしさに、まるで犬のようにほっぺたをウリウリむにむにされる芽吹だった。
結局そのままワンピースの格好で夕夏と八乙女さんを迎え、芽吹の部屋に集まった三人。
今回二人はただ遊びに来た訳ではないのである。主な目的はまず……、
「今まで超絶的美少女天使として我が夕陽ヶ丘高校に君臨して来た我らが芽吹ちゃんが、」
どこかの劇団ばりに仰々しい身振り手振りで熱弁しだした夕夏。
「や、ちょ……夕夏?そういうのやめよ。それどこの異世界ヒロインですか?」
「夏休み開け早々に新たな力を得てしまったのだ。それはなんと、美少女である上、更にそれに輪を掛けて"美・男の娘"なるジャンルである!二次元でなら分かるが、リアル世界にこんなことがあって、果たして人類はこのチートプリティーに耐えられるのか!?」
「…………」
もはや何の反論もする気が無くなった芽吹は笑っていいのか困っていいのか分からないなんとも微妙な表情になってしまっていた。
……主な目的はまず、
「たとえ春風さんがどんな病気だとか、本当はもともと男の子であったが実は訳あって隠していたとか、たとえどんな訳があったとしても、春風さんが今困っていることに変わりはない。そしてその悩みと真実を私達に打ち明けてくれた。だったらそれらを私達が全力でサポートするのが友であり、仲間であろう」
「あ、ありがとう八乙女さん」
一部だけ的を得た例えがあったことに一瞬反応しそうになったが、八乙女さんの静かで真面目な口調に芽吹はジ~ンとした。
「見た目は美少女。でも脱げばめちゃカワ男子。そして本人は女子として過ごしたいという。そんな悩める……乙女?をアタシ達二人が今後如何にしてこの劇カワ男の娘をサポートしていけば良いのか!これを議論するのが今回芽吹ちゃん家に集まった理由である訳である」
「ちょっと夕夏ぁ、"脱げばめちゃカワ男子"って止めてもらえませんか?」
「そうだぞキサマ!ぬ、脱げばとは何だ。脱げばとは!この不埒者がぁっ!」
「あと劇カワ男の娘っていうのも。僕そんなんじゃないし……」
「ハイ出ました無駄謙遜。可愛い上に控え目。好感度間違いないよねぇ~。でもアタシにはそれ、逆にイヤミですからぁ~!」
「夕夏ってこんなキャラだったっけ?」
「春風さんは気にしなくて良い。あいつはただ、今までの春風さんとの女子同士のじゃれ合いが気安く出来なくなったことにへそを曲げているだけだ」
八乙女さんの説明で僕は改めて女子と男子の壁を知った。
夕夏は僕が同性だったからセクハラという名のじゃれ合いを躊躇いも無く出来た。それは僕も同様の意識を持っていたからなんだろう。本気で嫌がったり、そんな夕夏を嫌ったりしたことなんて無い。でも今現在僕の体は男の体になってしまっている。いくら夕夏でも、対象が僕でも、男子の体と認識していて今までと同様のじゃれ合いをするのは流石にいろいろとマズいかもしれない。
夕陽ヶ丘高校に紛れもなく女子として入学した芽吹。そして規格外の美少女としていろいろと騒がせて来た。それがここに来て『実は男だった。』などと話が広まれば、どんな混乱が起きるか分からない。芽吹はとんでもない変態扱いをされ、その彼氏の秋人もまたどんな扱いを受けるか。
「顔だけを見れば誰がどう見てもまさか男子だとは到底思えない見た目だが……、」
「現代の日本のアニメ文化には『男の娘』とか『両性類』とかってのがあるからねぇ」
「なんだそれは?」
夕夏の話に怪訝そうに問う八乙女さん。
「女の子みたいに可愛い見た目なんだけど男。或いは、イケメンみたいな見た目の女。早い話がぷりてぃふぇいすボーイ。イケメンがーる。ってこと」
「それって……」
夕夏のこの説明にある人物が思い当たった芽吹。
「それって、風紀委員の堀川先輩と須藤先輩みたいな?」
「……ん?」
「そう!あの二人こそイケメンがーるの一番分かりやすい例だよ!」
「そんな俗語で盛り上がるな。早く本題に入れ。春風さんの体の件は重大だぞ」
「そんなコワい顔しないでよ秋奈っち。胸が無いこと以外じゃ制服着てれば誰も分かんないって」
「馬鹿かキサマ!私達は春風さんとはクラスが違うんだぞ。それをどうフォローするんだ?」
八乙女さんからのこの問いかけに固まる夕夏と僕。
「……」
「……マジか」
少し間があって、夕夏が呟いた。
夕夏が死んだ魚の目で僕の方を見つめて来る。
「本当に気付いてなかったのかキサマは。その言葉は私が言いたいところだな。……マジか」
芽吹もそのことをスッポリと忘れていた為、八乙女さんの方も向けず、芽吹と夕夏はお互いに死んだ魚の目で見つめあう形になってしまっていた。
あれからあっという間に一時間が過ぎていた。
三人は他に候補を考えていた。芽吹と同じクラスで常に芽吹をフォロー出来る存在を。芽吹が今抱えている事情を受け止めて理解してくれる(極秘で)存在を。
「ダメだ!あいつは絶対にダメだ。考えるまでもない!お前はいったい何をどう考えてあのクソ虫の名前を上げたんだ!?」
八乙女さんが激昂していた。その原因が……、
「まあまあ待って待って。秋奈っちは出島君のことになるとすぐそうやってプッツンするんだからぁ~」
「当たり前だ!あんな"手当たり次第メスに腰を振るような腐れ外道な猿"に、春風さんのフォローさせるなどある得ない!」
「"手当たり次第メスに腰を振るような腐れ外道な猿"……。出島君すごい言われようだなぁ~」
宙に浮かぶ想像の出島君に内心でそっと合掌してご冥福を祈る芽吹だった。
結局なんの名案も解決策も決まらず、夕夏のセクハラ的妙案奇策も八乙女さんの一声で即却下されていた。その度に始まる二人のど突き万歳にもいい加減なれた芽吹も、自分の問題を忘れかけたりしていたのだった。
そうこうしている内になんだかんだと時間は過ぎ、午後4時を回ったところで夕夏と八乙女さんは帰らないといけないという訳で、今日のところはお開きとなった。
部屋を出て階段を降りたところで、ちょうど兄ちゃんが帰って来たところだった。
「あ、兄ちゃんお帰り」
「おう、ただいま。友達が来てたのか」
「うん。今帰るから駅まで送るとこ」
僕がそう言うと兄ちゃんは、
「なんなら俺も行こうか。女子高生だけで大丈夫か?」
「まだ明るいし別に平気だよ。八乙女さんもいるし。ね?」
「えっ……!?ま、まあ。先輩には及ばないでしょうが、任せて下さい」
芽吹からの思わぬ期待に一瞬戸惑う八乙女さんだった。
「芽吹ちゃんのお兄さん、イケメンだよねぇ~。もし芽吹ちゃんも"男"で、もっと身長とかあったらイケメン兄弟だったんだろうねぇ~。さぞかし女子には目の保養になっただろうに」
夕夏は何気なく言ったのだろうこの発言が、このあと僕の環境をまた大きく変えることとなるのだった。
続く…




