春α11 お尻の穴をキュッとじゃ!
息を止める感じで。
或いは、授業中や、会議中にオナラが出そうになった時のあの感じで。
真夜中の空に、どんよりと立ち込める梅雨雲。薄い雲に覆われて、満月が束の間の晴れ間を今か今かと雲の合間をうろうろと伺っていた。
ある一軒の住宅の塀の上。二階にあるひと部屋の窓を見詰める一匹の白い猫がいた。
「本能の暴走……。ワシを助けてくれたばっかりに"彼"を特殊な体質にさせてしまった……。じゃが、彼の持つ天然の成せる業かのぉ、彼を取り巻く周囲もまた、面白く特殊じゃからのぉ。あの母上然り。兄上然り。幼馴染みの彼は、周りに比べて実に平凡に見えるが、彼もまた特殊な平凡と言えよう。さて……」
僅かな雲の晴れ間から月光が差し込み、白い猫の背中を照らした。すると、猫の姿は影のようにぼやけ、瞬く間に姿を変えていった。月光を反射して輝く白銀の後ろ髪をなびかせる少女の姿がそこにあった。しかしそれも一瞬のこと。また月が雲に隠れると少女の姿は一瞬にして猫の姿に。
「さて……、春風芽吹と、柊秋人には今後の友好の為、ちっとばかり知恵を与えておくとしよう。……と、それとついでに……」
白い猫はどこか楽しそうに塀から伸び降りて住宅の敷地内へと消えていった。
その頃芽吹は……。
僕は秋人を誘惑した。秋人は今までずっと僕の為に理性を保ってくれていた。僕が彼女という存在に変わっても。それは僕がこういう事に対してヘタレだったこともあると思う。女の子になってから尚のこと敏感になった気がする。でも、今日の僕は違う。いつか秋人とこうなる事を心の奥で望んでた。だって……僕達もう恋人だもん。
だから、僕の暴走したフェロモンを利用して、秋人の理性をちょっぴり引っ掻いてみた。そして今、もう少しで……。
芽吹は押し倒され、若干秋人を上目で見詰める形に。秋人は芽吹に覆い被さり、芽吹の頭の両脇に手を着いて芽吹を見下ろしていた。
お互いの鼻先との距離は僅か拳一つ分程しかなく、緊張と期待めいた感情が、吐息と共に至近距離で混ざり合う。
「次はキス……だけじゃ済まねぇかもしんねぇぞ?」
秋人が自分と、目の前の幼馴染みに最後の覚悟を問う。
「今までごめん秋人。僕がウブでヘタレで」
「そりゃお互い様……」
そう言って秋人はゆっくりと腕の力を抜き、芽吹の唇に向かって顔を下ろして行く。芽吹はそれに合わせるようにゆっくりと瞼を閉じて秋人を待った。
………………………
一瞬の切ない静寂が部屋を満たす。
しかしその直後…、
「シャアこるらぁこのエロガキてめぇ!ブッ殺×◎#※¥☆§シャアアアア!!」
突如、御乱心な兄筑紫が御乱入。
その後ろ。筑紫に蹴り飛ばされたドアの前には、
「僕は、パパは、親として、大事な娘芽吹ちゃんのパパとして、子作りはまだ早っ……」
「背徳感ドゥフフ……。芽吹ちゃん、秋人君ファイト!」
泣きながら父親として精一杯の抵抗を示そうと叫ぶ父風吹だったが、それをゲスな声援で遮ってしまう母菜花だった。
「秋人てめぇ夜中によくもヌケヌケと!」
筑紫はベッドの上まで上がり、横たわる芽吹を跨いで秋人に掴み掛かった。
マジギレした筑紫の眼孔が、一瞬だけ芽吹の在られもない痴態を捉えた。すると、
「芽吹、早く何か服着ろ!」
「ほぇ……」
「お兄ちゃんの"お兄タン"がシュワッチな感じになるから早く服を着ろ!」
この言葉に、相変わらずウブな芽吹はキョトンだが、胸ぐらを掴まれたままの秋人は「マジッスかお兄さん……!?」と苦笑いである。
……と、突如そこへ、
「お邪魔するよ」
「……!?」
「……!?」
「猫さん!?」
突然、頭上から降って湧いたように現れたのは、白銀の光沢の毛並みを持つ一匹の猫だった。しかも……。
「……今、喋んなかったか!?」
直ぐに違和感に気付いて口を開いたのは筑紫だ。
「銀色の……猫?」
「ハルの髪の色と同じだな」
芽吹と秋人は別のところに食いついていた。
「今宵は満月じゃ。春風芽吹とやら、今宵は特別に、お主のその発情期体質を改善してやろう」
尻尾をゆらゆら。猫の表情は見た目には特に変化はないが、口調は古風でどこか偉そうだった。
「やっぱ喋ってねぇかこの猫!?」
そう筑紫が騒ぐと猫は、耳障りなのか耳だけをピクッと動かした。
「うわぁ~、綺麗な毛並みだねぇ」
「あまり触るな」
「猫さん尻尾二本あるんだねぇ」
「しまった……。一本隠すのを忘れておったか……。まあ良い。用が済めばみな夢にも留まらぬ記憶になろう」
「ほえ?」
ポカンとした表情で芽吹は目の前の白い猫を見詰める。猫はそれを意に返さぬ素振りでスッと目を閉じた。すると……、
カーテンがひとりでにゆっくりと開き、窓の外の月明かりが室内を照らし、照らされた芽吹達や、猫の影が壁に伸びた。
その中で、猫の影だけがみるみる姿を変えていき、芽吹達がそれに気が付くと、先程猫がいた場所には一人の少女が座っていたのである。
「ふぇ……?ミヅキ、ちゃん?」
「海月!?さっきの猫はまさか……、どういうことだ、これ……?」
「おいおいおい……。妹のクラスメイトの転校生は実は、猫で魔法少女だったってか!?どこの二次元だ?アニメタイトルは「なにウィッチ」だ?」
またも騒がしいリアクションをする筑紫を、海月が鋭く睨んだ。
「フンッ」
海月の微かな、小さな鼻息と共に、筑紫は一瞬にして石像のようになってしまった。
これには流石の芽吹も秋人も息が止まった。
「さてと……。試しに正体を明かしてみたが、ハルちゃん、何か言いたいことはない?」
いつも学校で見る彼女とは絶対的に違う雰囲気とオーラにビビっている芽吹だったが、器用にもさっき脱ぎ捨てていた服を着始めていた。
「なるほど。ハルちゃんは戸惑うほどにまともな動きをしてしまうのだったね。じゃあ次は君。柊秋人君。君は私に何か質問は?」
彼女は顔は芽吹に向けたまま、視線だけで試すように秋人に問うた。しかし、秋人は海月冬耶の信じられない正体に絶句。口から漏れ出る声は言葉になっていなかった。
「兄ちゃんのことはとりあえずいいや。それより、ミヅキちゃん、なんだよね?びっくりしちゃった。夜は猫さんに変身出来るんだね!」
「まあ、長く生きてるからねぇ。今夜が満月だから。とも言えるがね。それより本題に入ろうか」
まだモゾモゾと服を着ながら割と普通に質問を投げかける芽吹に、ちょっと得意げに答える海月冬耶。
「女体化も、その異常な発情期体質も、ハルちゃんの身体は、実は私のせいでそうなってしまったのだ。全く予期せぬことだったのだがな……。許してほしい」
「マジッスか!?じゃぁ僕は異能者的な何か特別な……?」
「おそらく足も速かろう」
そう言われて芽吹の表情は思い当たる節があるようだった。
「さっき、僕の何を治せるって言ったの?」
「発情期体質じゃ」
「それって、フェロモンハザードのこと?」
「なんじゃその妙な銘々は?」
海月冬耶はある術を使うとだけ簡単に説明をして、また猫の姿に変異した。その際、秋人は情けなく口をポカンと開けて凝視。芽吹はこのあまりにもファンタジーな出来事に目をキラキラさせて驚き、興奮していた。
フェロモンハザードを防ぐ、あるいはその体質を無くす方法。その方法とは……。
「満月の月光。これは絶対に満月が重要じゃ」
猫の姿になった海月冬耶の目をジッと見て二人は真剣に頷く。
「満月の月光を体を広げて目一杯浴びる。そして……」
「「そ、そして……?」」
「お尻の穴をキュッとじゃ」
「お、おしりの……」
「……穴!?」
「そう!お尻の穴を、こう、キュッとじゃ!」
この時の猫の顔は(>*<)!だったらしい。
朝、僕は目を醒ましてあることに気が付いた。近年稀にみるやたら清々しい爽やかな気分で目覚めていた。
トイレから出て来てふと、何故かお尻にキュッと力を入れると凄く安心するというか、「僕はもう大丈夫だ!」って気持ちになれた。
「ミヅキちゃんおはよー!」「おはようございます。ハルちゃん。天気は相も変わらず曇天なのに、ハルちゃんは元気ですね」
「うん?……うん。なんか元気だね僕!」
あの夜、芽吹の部屋で起きた事は、秋人も、芽吹も、芽吹の家族も誰の記憶にも残っていなかった。
ただ、海月冬耶だけは芽吹の身体の変化を知っていた。
「ふぇろもんはざーど?今度このスマホウとやらでググってみようか」
続く…
フェロモンが出てしまっているなぁと思ったら、お尻の穴をこう、キュッと(>*<)!




