春α9 全開じゃないもん。70……65%くらいだもん。
芽吹ちゃん再びアレが再発!?
2日間続いた合計6教科の中間テストが滞りなく終わり、翌日には早速採点された答案が返され、各々が自分と周囲の学力差に一喜一憂していた。
気付けば暦は6月に入り、夕陽ヶ丘高校の季節スケジュールはそろそろ体育祭準備に取りかかり始めていた。
そんな中、今年の日本列島はどうやらせっかちなお年頃なのか、例年よりも梅雨入りが早いと、近頃の天気予報士は語っている。
芽吹達が暮らすこの地域も、徐々に梅雨入りの気配を感じさせる空気にはなっていたが、今日はそんな湿った空気とは無縁な愉快で楽しい風が校庭を吹き抜けていた。
「よーい……」
スパァァンッ!
勢いよく振り下ろされた鞭が校庭の土を鋭く抉った。そしてそれを合図に、石灰の白いスタートラインから一気にダッシュで駆け出すジャージ姿の生徒達。100メートル走の練習だ。
「桜庭先生ってスターターやらせると何でかいつも鞭持ってくんだよな~?」
「どっから持って来るんだ?」
「いや、そもそも学校に鞭なんて置いてるか普通?」
「もしかして私物!?」
「きゃああ、ぶたれたぁぁぁい!」
「キモいわ!」
※桜庭先生は男性(ちょいワル系)。盛り上がってるのも男子。
対してこちらは、
「まゆゆ、もうチョイ!ファイト!」
「ハァ、ハァ、まゆゆって……ハァ、ヒィ……言うなコラァ!うりゃ!」
最後の気合いと掛け声で次の人へとバトンが渡る。その次の人とは、
「バトンキャッチ!ヨッシャァァ!来たこれホワイトベースのニュータイプ、この春風芽吹様が風を切って圧勝ぉ……っ!」
コキ……ズザァァ!
「きゃああ、芽吹ちゃんがっ!」
「ガーディアンズ救急隊、至急要請!」
バトンリレーの練習のようだが、あまり好調ではない感じのようである。
僕は今保健室に来ています。
「ひっ、いだぁっ!しみるぅ~!」
「我慢しな。"元男の子"でしょうが」
「う、うぐぅ~……」
僕は今保健医の天海先生に傷の手当てをしてもらいながら怒られています。
「厨二病全開で変に張り切るからだ。そそっかしいなぁハルは」
僕は今、秋人にも軽く怒られています。
「全開じゃないもん。70……65パーくらいだもん」
「充分半分以上だな」
秋人に冷静にツッコまれてしまった。
傷の手当てと、あとちょっとした先生からの問診が終わったところで、丁度授業終わりのチャイムが鳴り、普通に保健室を出た僕と秋人はふと気付いた。次もまだ授業があるんだよね?……急いで制服に着替えなきゃ!
学校全体が体育祭の準備で本格的に熱を帯びてきた頃、芽吹達が住む関東地方はついに梅雨入りしてしまった。それまで皆校庭で割とのびのび練習が出来ていたのに、ここ数日は体育館での割合の方が多くなっていた。 朝からどんより空で空気はジメジメ。たまに日が射しても蒸し暑さが増すだけ。雨が降ってもやっぱり蒸し蒸しジメジメ。授業も体育祭の準備も皆どこか鬱々とした雰囲気になりがちだった。
そんな文字通り鬱陶しい梅雨時に、好くも悪くも、とある事件が発生した。再発と言っていいだろう。その原因は……。
「あぁ……ハル、ちょっといいか?」
「ん、何?」
雨の中、傘を差して並ぶ登校中の2人。秋人が、生の長ネギを食べた時みたいな不味そうな顔で芽吹に問う。
「お前、今もしかして……」
「……?」
歯切れの悪い秋人の様子に芽吹が怪訝そうに眉を寄せた。
と、そこへ、
「ハルちゃんに秋人さん、おはようございます。朝からジメジメと嫌な天気ですね」
後ろから傘を差した小さい影が。海月冬弥である。
「あ、おはようミヅキちゃ……ん?」
「またそれはなんのコスプレだ?」
「ああ、これですか?これはですね、とある薬屋さんのマスコットを真似た物です」
僕油断していた。完全に忘れていた。ミヅキちゃんはこういう子だった。
振り返った直後、僕は一瞬ソウルがブレイクしてしまうかと思った。ミヅキちゃんの頭はデカいカエルにかじられていた。ミヅキちゃんの顔がでている口の部分は三日月形に笑い、上下にギザギザの歯が並んでいた。
それはちょっと怖いですよミヅキちゃん……。
「ところでハルちゃん、アナタの体から何か出ていませんか?」
「ほえ?」
キョトンとする芽吹の横で「やっぱり……」と小さく呟いた秋人。
とりあえず学校に着いた僕は、周囲の視線から逃げるように保健室へと向かった。秋人が言うには、またフェロモンの暴走が始まったんじゃないかと。
た、確かに。家から学校まで来る間、一年前にもあった悪い意味での懐かしい視線を感じてた気がする。前は体育祭が終わってからの騒ぎだったと思う。
※詳しくはシーズン1春十七番をご覧下さい。
「うーん……。以前ほど暴走って感じじゃあなさそうねぇ。今のところはだけど」
朝一番から保健室に来た僕を見て天海先生は、一旦僕を上から下、下から上へと視診して、
「何?朝から車に水ぶっかけられて、着替えを……とかではないのね?」
「別に濡れてません」
僕は普通に答えた。そしたら先生は、
「あら、じゃあ濡らしてあげようかしら?」
「へ?」
キョトンとする芽吹。
「どこが敏感なの?」
「……はい?」
ますますキョトン。
「朝から欲求不満ですかコノヤロー!」
「チッ……。あら柊君いらっしゃい」
いつの間にか秋人が来ていた。廊下で別れたのに。今先生今舌打ちした?
「昨夜彼氏に逃げられでもしましたか?」
「ぅっさい!」
現在に戻り。
先生の判断では、今のところ前回のように男子達が僕に、は、発情?(この表現はやっぱり無し!)猛アタックをかけてくるような分泌量ではないらしい。
梅雨入りしたことで極軽度の鬱の感情と、それによるホルモンバランスの崩れが芽吹の特殊な体質に影響しているらしかった。
まだ症状は軽いということで、とりあえず様子見ということで通常通り授業を受けることに決まった。
午前中は特に目立ったトラブルも無く、周囲の動きを気にしているのは僕と秋人だけみたいだった。あ、あともう一人。ミヅキちゃんは朝僕の変化に気付いた一人だった。
「ミヅキちゃん、ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょう?」
お昼休み。いつもの学食、いつものメンバーで。二年生になって、夕夏と八乙女さんが別クラスという理由もあって、学食が一番いろいろ都合がいいから学食。
まあまあボリュームのあるきつねうどんを平らげた僕は、みんなに断って一人席を離れた。
「何芽吹ちゃん、連れないなぁ~。トイレだったら喜んで連れションいったげるよぉ~?」
夕夏が食後で眠そうな顔をこっちに向けて言った。
「つ、連れションしないから!トイレじゃないからね」
恥ずかしいからそんな単語は使わないで欲しい。
食堂入り口にある自販機コーナーの近くまで行き、壁に背を預けながら僕はミヅキちゃんに聞いてみることにした。
「ミヅキちゃん、あのさ、朝、僕から何か見えたの?」
ミヅキちゃんは僕よりも背が低いから、僕は見下ろし、ミヅキちゃんは見上げる形になる。そんなミヅキちゃんの目線。僕を見上げてるけど、焦点は僕ではなかった。
「ミヅキちゃん?」
もう一度問う。
「……見える?と言うよりは、匂う?感じる?まあそんなとこでしょうかね」
自分の感覚と言葉の一致を確認しながらの返答。
「ど、どんな感じ?ミヅキちゃんは?」
さらに聞いてみた。
「とても魅力的に見えるでしょうね。……特に異性にとっては」
海月冬弥は周りの様子を確かめるように周囲に視線を巡らせる。彼女のいう"異性"とは、芽吹が両方の面を持っていることが前提の言葉である。
あれから特に何事もなく、家に帰ってからも体調が悪くなるようなこともなかった。
ところが翌日……。
僕また再発しちゃいました!しかも何か変な名前が付いちゃってんるんですけど!?
「出島君曰わく『フェロモンハザード』だって」 夕夏が真顔で教えてくれた。
「春風さんに近付くな性欲ゴキブリ共ぉぉ!春風さん、コイツ等は私に任せて、早く逃げて!」
八乙女さんが恐気の形相で暴走する男子達を食い止めてくれていた。
それに続くように他の女子達も、自らをバリケードにして、僕に逃げろと合図を送ってくる。
「みんなごめん……」
僕は涙と汗をジャージの袖で拭い、意を決して駆け出した。僕のせいで理性を失った男子達から逃げる為に。
続く…
次回…人は何故走り続けるのか…?
そこに芽吹ちゃんがいるからだ!
「芽吹ちゃんと秋人君、遂に大人の階段登っちゃう?」
「大人の階段?」
的な?




