春α8 俺はパプリカ組
今回は秋人サイドのお話。秋人の心情を少しだけ。
春の強い風に煽られて桜の花びらが吹雪のように舞い散る、保育園の小さな広い庭。
園内の庭に植えられたら一本の桜の木の下。庭師のおじさんによって綺麗に丸く刈揃えられた生け垣に、隠れるようにこちらに向けた小さな背中。その小さな背中を見付けて、静かに、静かに近寄る。まだ気付かない。十分に近付いたところで……。
「みぃつっけたっ!」
「しぃっ!ネコさんが起きちゃうじゃん!」
鬼の役目でそう言っただけだったのに、声を潜めながら怒られた。
「え……、誰?」
俺は"彼"のことを知らなかった。
"彼"は桜の木の下に置きざりにされていた段ボールの中の子猫を一人でじっと見守っていた。他の人にも教えたりはせずに。
「そうだったんだ。お前、トマト組にいるんだ。俺はパプリカ組のひいらぎあきと。よろしくな」
彼の名前ははるかぜめぶきというらしかった。俺はついさっきまで女の子だと勘違い、思い込んでいた。だって……、
「お前の髪、長いんだな。ハハッ。俺お前のこと女の子だと思っちゃったよ」
するとめぶきは困った顔でサイドの髪をファッサファッサと鬱陶しそうにいじった。そんな仕草ひとつで俺は見ているだけでなんだか落ち着かなくなった。園内でちょっとドキドキする女の子は何人かいる。それとよく似ていた。実際、この時の芽吹の見た目はまんま女の子だった。だから俺は、まだ幼いながらに芽吹を可愛いと思ってしまっていた。
「はるかぜめぶき……」
名前を記憶しようと頭の中で反復するつもりが、つい口に出ていた。
「ん、呼んだ?」
「あっ、いや、名前さ、……はるかぜめぶきって、春らしい良い名前だなって思って」
ホントは同じ男の子なのに、見惚れてしまっていたことを誤魔化すために俺はそう言った。
「そ、そうかな?き、君こそ、"ひいらぎあきと"。綺麗だと思う。僕知ってるよ。ひいらぎって、秋から冬の始めにかけて花を咲かせるんだって。だから、ひいらぎに秋人の秋。綺麗だと思うよ」
別に物知りぶって偉そうにするわけでもなく、段ボールの中で丸まって眠る子猫の背中を優しく撫でるめぶきの横顔は、異性なら本気で好きになってしまう不思議な魅力を持っていた。
それ以来、俺とめぶきは毎日一緒に遊ぶようになっていった。
そしてある時、俺の家とめぶきの家は、実は近所だったことが分かったのだった。
「なあ、めぶきって呼び方変えてもいいか?」
「何いきなり?」
俺にとってコイツは、他の誰よりも特別な感じがする。一番の親友。だから俺は……。
「今日からお前のこと、『ハル』って呼んでもいいか?」
「それ名字の『春風』から?」
「みんなはお前のこと『めぶき』って呼んでるだろ。俺とお前は誰よりも一番の友達になる。他のヤツらが呼ばない特別な呼び名にする。だから『ハル』だ。なあハル!」
一番純粋な年頃だからこそ言えた言葉だったのかもしれない。全然恥ずかしくなかったのだから。むしろ、誇らしかった。自信があった。特別で一番だった。
「………」
何かを考えているのか、ボーっと空中を見詰めるハル。少しの間があって、
「なんかいいね。カワイイかも!」
漫画でよく見るような、まさにキラキラの笑顔だった。
いつでもどこでも俺とハルは一緒だった。小学校、中学校を卒業。そしてハルの身に起きたとある出来事を経て、夕陽ヶ丘高校二年目の……、
「秋人ぉ~、中間テストが遂に来週来襲だよぉ~!どうしよう~!」
「来週に来襲か。ウマいな……。その頭の回転を授業中に使えれば俺も楽になれるんだけどなぁ」
昔からのカワイイ親友だからこその付き合いだが、昔からテストというイベントの時だけはなかなか骨が折れる親友だった。ま、今は一応親友以上の間柄なんだけど。
毎回、テストの一週間前になると、テスト準備期間として一週間部活動も委員会も無く、集中勉強期間に当てられる。
一年生を"一度も"経験していればいつ頃がテストなのかはほぼ考えるまでもないことなのだが……。
テストの時期が近付くと各教科の教師が「今言ったこの部分、テストに出すから」とか、「あいぃ!先生が今言ったウンチク、ウザいと思って聞き流してた奴、テストに出すからなぁ」とか。早めにテストに備えろと分かりやすく言っているのに。
「秋人、テスト勉強教えてぇ~!」
これである。
秋人は内心では収まりきらない溜め息をついた。
「ハァ~……。分かったから、泣きそう声で言うな。……いちいち可愛いんだよ」
秋人は目を逸らして最後の部分は芽吹に聞こえないように言った。
「ん?」
「……よし。みっちり丁寧に教えるぞ。俺がハルの家庭教師をやって、ハルが悪い点数採っちまったら菜花さんに合わせる顔が無いからな」
こうして俺の、テスト前家庭教師劇場が幕を開ける。
表向き家庭教師と銘打ってはいるが、あのクリスマス以降のハルとの関係上、実質俺は彼女であるハルの家に、部屋に、テストが終わるまでの約一週間毎日来ていることになる。別にハルが女体化する以前からも普通に遊んでたんだから問題無いと思いたいところなのだが。これはたぶん俺だけが感じている問題なのだろう。実は、ハルが女体化してから数ヶ月後、例の事件『フェロモンハザード』が起きてからだと思う。ハルの部屋の匂い……と言うとちょっとイヤらしい気もするな。空気があまいことに気付いたのだ。まさにフェロモンだった。正直はじめの頃は目眩がした程だった。この頃はまだハルに対する恋愛感情は薄かった。それでも、部屋の空気は確実に俺の気に影響していた。ハルとの距離が近いとどうにも落ち着かなくなっていた憶えがある。
出会った保育園の頃からハルは可愛かった。成長していくにつれて男女双方、それなりに"らしく"なっていくんだけど、ハルは『カワイイ』ままで成長していった。かと言って男らしくないというわけでもなかった。 それでも……。
「おやつお待たせぇ!」 ひとりでにいろいろ思いにふけっていると、ドアが外から開いて、コップ2つと他に何かが乗ったトレイを持ったハルが部屋に入ってきた。
こういう姿も可愛らしく見えてしまう。
「……なやまし」
「ほぇ、なんか言った?」
「サンキュ!」
部屋の真ん中に折りたたみの小さなテーブルを出して、ハルが持ってきてくれた守永のアイスココアとプチエクレアをおやつに、ひと息ブレイクタイムだ。
週が明けて、一学期中間テストが始まった。一日目は国語、英語、地学の3教科で午前のみ。2日目が現代社会、数学、生物で全6教科。理科系が2つもあるのがなんとなく納得がいかないが……。
一日目の3教科が終わり、帰りのホームルーム後。
「もぉ無理ぃぃぃ。バッテリー切れそう~……」
「たった3教科でか!?スマホのバッテリーなら今何%残って……」
「5%切りました!」
食い気味にそう言い放つ芽吹。
「じゃあ歩いて帰る分のパワーねぇじゃん」
そうツッコんだ秋人の後ろから、
「じゃあ芽吹ちゃん、秋人君に抱っこしてもらって秋人エキス充電すればいいじゃん」
鳴海夕夏だ。
「ウコンエキスみてぇに言うな。抱っこもしないし、おんぶもしない」
「えぇぇ、おんぶぐらいしてやればいいじゃん」
「夕夏お前普通に面白がってんだろ」
秋人が睨むと、夕夏はそっぽを向いてわざとらしくスカスカの口笛を吹いた。
「秋人が今芽吹ちゃんをおんぶか、お姫様抱っこをすれば漏れなくなんと、白銀美少女のパンチラが……ガハッ!」
「ふざけた宣伝をするなクソ虫が!そうなれば私がしっかりとジャージを履かせる。だから心配しないで春風さん。思う存分秋人エキスを充電するがいいぞ!」
「う、うん……」
秋人と芽吹は顔を見合わせ、お互い無言で頷いた。
(パンチラもダメだがジャージも許し難い。だからハル、自力で歩け)
(大丈夫だよ秋人。僕歩ける。でも家の階段は無理かも)
(菜花さんにまた弄られるぞ。部屋まで踏ん張れ)
(……アイアイサー!じゃあ部屋に着いたら抱っこしてもいいよ)
(そういう問題じゃねぇ!)
「お二人さん、見詰め合っちゃってラブラブですねぇ~」
無言で見詰め合って何度も頷きを繰り返す秋人と芽吹の分かりやすい不思議な意志疎通。それを苦笑いで見る鳴海夕夏と八乙女秋奈。
「まったく。見てらんねぇよリア充は」
「まったく。出島の片思いはいつ実るのやら」
「なっ……今それ関係ないでしょ京さん!?」
二人のリア充ぶりに軽く悪態をつく出島太矢と、相方の恋路をからかう有馬京弥だった。
「今日も家庭教師よろしくお願いします。柊先生!」
「トイレと風呂に逃げるとか無しだからな!都合悪い時に女子の体を利用するな!」
「ええ~、秋人のケチ」「よし!じゃあ菜花さんに許可もらって強制的に連れ戻す!」
「すいませんもう逃げません」
観念して早口で謝る芽吹と、本当にやっみたいかもと一瞬考えてしまう秋人だった。
続く…
最後の方、ちょっと無理やりコメディ入りました。
夕夏、八乙女、出島に有馬。久々の登場でしたね。作者自身お帰りなさ~い!って感じです。
次回も短編的内容で更新します。よろしく。