春α6 つくし(変態シスコン兄貴)
………………。
お化け屋敷を出てからしばらくが経った。珍しくご立腹な芽吹のご機嫌取りに筑紫と秋人が自腹を切って奮闘。その甲斐あってなんとかいつもの調子に戻ってくれた芽吹だったが、せっかく二人が自腹を切って芽吹に貢いだ飲食物は芽吹のお腹に納められること無く余ってしまった。
「秋人、ごめんなさい。せっかく気使ってくれてたのに……」
「まあ……、しゃあねぇか。ハルの機嫌が直ったってことで一件落着だ」
少しため息が混じってはいたが、今回は苦笑いで許してもらえそうかな?
「ホント。自腹切らせてすいません」
「全くだぜ」
筑紫が鼻息荒く反応した。
「兄ちゃんはこの場合奢って当然な立場でしょ?」
「あン?何でだ?」
「兄ちゃん今保護者でしょ?」
機嫌はまだ直りきっていないのか、芽吹は筑紫に意地悪な表情を向けて言った。それに対して筑紫は、
「保護者っつっても万が一の場合の保護者だ。可愛い子にいつでも何でも奢ってくれる"優しいお兄さん"じゃないんだよ」
("いやらしいお兄さん"の間違いじゃない?)
とは敢えてツッコまないでおこっかな。一応秋人の前だし?あとミヅキちゃんもいるし。うむ。僕の大人な対応。
内心で胸を張る芽吹だった。
先程お化け屋敷などがあったメイン広場から入り口付近まで降りてきた芽吹達。 食べたい物も粗方食べたし。桜も沢山観れたし、お城もちゃんと携帯で写真に撮った。みんなも少し疲れ気味になってきてるみたいだ。
「母さん達とそろそろ合流しよっか。兄ちゃん?」
「そうだな。もうだいたいいいだろ。ちょっと待ってろ。今電話してみる。どこにいんだろ?」
筑紫はそう言って携帯を取り出そうとした。ズボンの右ポケットに手を入れて、すぐに反対の左ポケットへ。そっちにも無いらしく、今度はジャケットのポケットの中を探し出した。そこにも無いらしい。一瞬表情が固まり、筑紫の携帯待ちをして見ている芽吹達に視線を巡らせる。
「兄ちゃん、もしかして携帯無くしちゃった?」
「マジか!?」
芽吹の指摘にやっと事態を認識したようだ。額から汗が垂れた。
「俺探してきます!」
秋人が素早く動いた。
「交番みたいな落とし物センターとかがあるのでは?」
海月さんもキョロキョロと周囲を確認し始めた。何故かねぶたのお面を着けたまま。
「あの、ミヅキちゃん……、それ見づらくない?」
「これ結構眼力ありますから。大丈夫です!」
「あ……う、うん」
「私もその辺シュバッと行ってピロリーンと見付けて来ましょう!」
ミヅキちゃんはいつの間にかウルトラマンのお面になってシュピシュピ動いて一人で走って行ってしまった。
「あぁ~……、とりあえず、芽吹は俺と一緒に、俺の携帯に電話してみてくれ。とりあえず着信音で探してみよう。秋人には悪いが、母さんに連絡取ってもらえるか?合流場所を決めておいてくれ。決まったら芽吹に連絡だ」
「了解です」
「悪いが頼む」
芽吹達は筑紫の携帯を手分けして探すことになった。秋人は芽吹の母菜花と合流場所の確認をしながら。芽吹は筑紫と。筑紫の携帯の着信音を頼りに弘前城内を回ることに。
まず始めに手っ取り早く、落とし物センター的な施設を探すことなった。
「ここで頭の良いお兄ちゃんのちょっと為になる豆知識。カワイイ妹のために優しくて頭の良いお兄ちゃんが教えてあげよう!」
「…………」
急になんか始まったよ?ツッコミたいトコいっぱいあるけど、お利口な僕はここで敢えてツッコまないからね。
「どんな施設にも必ず事務所や、運営本部という場所がある。こういう祭り会場にも必ず本部がある。例えば【なんとか町内会】とか、【なんとか組合】とか。テント型の仮設本部があるはずだ。この祭りだと大方……、【弘前市桜祭りの会】なんて書いてあるん……」
「【桜祭り案内所】って書いてあるあそこ?」
筑紫が周りを見渡しながら説明し終わる前に芽吹がそれっぽい施設テントを発見。
「ああ……。たぶんあそこだ」
自慢気に説明をしていたのに最後に遮られ、予想施設名も地味にハズレ、地味にヘコむ筑紫だった。
そんな兄の悲しい心情などには気付かない芽吹はとっととそのテントに走って行った。
「あのすいません、携帯を落としてしまったんですけど、落とし物で届いてたりしませんか?」
テントにいたのは40代ぐらいのおじさんが三人。僕がそう事情を伝えると、おじさんの一人が少し前のめりになって、
「ワイッ!こンりゃまンだめんこいお嬢さんだのぉ!」
いきなり勢い良く大声でそう言った。すると他の二人のおじさんも、
「髪真っ白でねぇが!」
「今時のわげぇもんの"オサレ"のセンスは分がんねぇな?」
大声でそう言った。
「"オサレ"?うにゃぁ~……。青森弁、なんかすごいなぁ……」
僕は無意識にそう口にしていた。だからそれに反応したおじさん三人から、
「お!お嬢さんはどっから来たの?」
「お、お嬢さん……」
(今だになんか恥ずかしいんだよね。"お嬢さん"て)
「あ、あの僕は……」
どこから来たの?と聞かれたから、いつもの調子でそこまで言いかけたら、
「"僕"?お嬢ちゃんアンタおなごでないのが?」
「!」
完全に無意識だった。
普段の学校では僕が、いわゆる『僕っ子』ということに、誰も特別気にするようなことは無くなっていた。だから、今のような反応をされて自分の言葉に気付いた。男の子から女の子へ。一年前程の後ろめたい感じや恥ずかしさはもうあまり無い。そう思っていたのに、こんな反応をされたことで、突然全身から変な汗がぶあっと吹き出した。よく分からない恐怖感みたいなもので頭が真っ白になりかけた。
でも……。
そんな時、突然頭にでっかい手が押し付けられて、ガシガシと荒っぽく髪を掻き回された。
「ちょっ、にぃ……」
「俺ら東京からの旅行客なんスけど、落とし物で携帯って届いてたりしませんか?」
芽吹の抗議の声を遮って筑紫がおじさん達の気を引いた。そして更に、
「コイツ俺の彼女なんスけど、留学生でたまに変な日本語が出ちゃうんスよ。なんで、出来るだけ標準語でお願いします」
筑紫は相手に腰を低くして申し訳無さそうに事情を説明した。このとんでもない出任せデタラメな説明に、芽吹の反応はというと、
(今なんて言った、僕が彼女!?何ですかそのデタラメな事情説明は。留学生!?変な日本語!?そりゃあ日本文学とかの偉い教授さんに比べたらちゃんと日本語かどうかは怪しいかもだけど。僕がこの変態シスコン野郎の彼女だなんて、冗談でも酷すぎるぞ!)
内心で猛烈な抗議の叫びを挙げていた。
結果から言うと、残念ながら祭りの運営本部では携帯の落とし物は無かった。芽吹と筑紫は改めて自力で敷地内を探すことになってしまった。綺麗にされた通り沿いにそれらしい物は見つからず、段々筑紫の表情に焦りが見え始めていた。そんな時だった。
芽吹の携帯に秋人から着信が入った。
芽吹が電話に出ると、
〔あっ、ハル、今菜花さん達と合流したんだけどさ〕
「秋人、今どこだ?母さん達に携帯の事情を言わないと……」
筑紫が横からそう聞いてくる。ちょっと鬱陶しそうにする芽吹だったが、次に聞こえてきた秋人の言葉に芽吹は自然と筑紫の顔を直視することになる。
〔筑紫さんの携帯、パパさんが拾ってたよ〕
今の秋人の声が筑紫に聞こえたのかどうか、芽吹は筑紫の様子を窺ってみた。すると、
「そうか。じゃあ芽吹ちょっと俺の携帯に電話かけてくれ。出たら俺に変われ」
そう言われて芽吹はとりあえず一度秋人との通話を切って、さっきから何度もかけていた筑紫の番号をリダイヤルした。
三回目の呼び出し音で父さんが出た。
「はいはいもしもし?こちら春風筑紫君の携帯でざいますが、私は父の春風風吹でござる。ただいま筑紫君は……」
「父さん、僕芽吹だから。長いよ。それより今兄ちゃんに変わるね」
「おぉ~う、芽吹ちゃんからのパパへのラブコールが……」
「おい、バカオヤジ、俺だ!」
「おい、バカオヤジとはなんだ。親に向かって!こっちは可愛い芽吹ちゃんとの久々の絡み登場シーンに緊張気味なんだぞ!」
「…………」
「…………」
急に真顔で沈黙する筑紫。横で聞いていた芽吹は軽くズッコケそうになっていた。
「元は息子だった娘を溺愛する親バカのことは置いといて。大事な緊急の要件があるんだ」
この筑紫の言葉に、横にいた芽吹は信じられないという視線とオーラを筑紫に向けた。
(えーーーー!兄ちゃんってば自分のシスコンぶりを棚上げしてそれを父さんに言うんですか!?)
芽吹の両親の側でその電話の会話を聞いていた秋人は、
(ハルはホント愛されキャラだな。でも、あいつの性格なら女体化してなくても今とあんま変わらなかったかもな)
「俺携帯落としちまって、探してんだけどまだ見つかってないだ。んで今芽吹の携帯でそっちに連絡してんだけど。とりあえずそっちに合流すっから、場所だけ教えて」
筑紫のこの言葉に一瞬時間が止まったような状態に。芽吹、電話の向こうの父風吹も、母菜花も、秋人も。
「筑紫よ、親より先にボケてくれるなよ。老後が心配になるぞ。お前今誰の携帯にかけてるか分かってるか?」
そう聞かれた筑紫は質問の意味に訝しみながら携帯を耳から離して画面を見た。
筑紫が今手に持っているのは妹芽吹の携帯。その芽吹の携帯の画面に表示されている着信先。
《つくし(変態シスコン兄貴)》
と表示されていた。
筑紫は一瞬画面から芽吹へと視線を移す。
「兄ちゃん、さっき自分で『俺の携帯にかけてみてくれ』って言ってたよ。そんで僕が電話かけて、父さんが出てくれて……ん、兄ちゃん聞いてる?」
ボケた兄に状況説明をしている芽吹に突然、
ガバッ!
「グピャッ!?」
突然ハグされた芽吹からカエルが潰されたような悲鳴が上がった。
「ただの"変態シスコン兄貴"だけで良かったのに、お前はちゃんと、ちゃんと"つくし"って名前入れてくれてたのかぁー!」
芽吹に抱きつきながら感動に号泣し出す筑紫だった。
「何に感動してるのか分かんないけど早く離れろ!潰されるぅぅぅ」
入り口近く、千本桜散歩道の途中。手漕ぎボートの船着場で無事合流することが出来た芽吹達。ところが、一人だけ足りないことに気付く。お面フェチの小さなエルフの姿が見当たらないことに。
「何つったっけ、あのチビエルフの名前?」
「チビじゃないよ!ミヅキトウヤだよ!携帯探して来るって一人で走って行っちゃって。僕まだミヅキちゃんの携帯知らないんだよなぁ」
「あ、そういや俺もまだ知らなかったな」
心配する芽吹と秋人。
その頃……。
〈芽吹ちゃんと柊秋人がボートの上で二人っきり。なんてベタベタな展開なんじゃ。しかし定番過ぎるのも詰まらんからな。彼女には潜在的な部分に私の能力の一部が備わっている。そこをちょっとだけ覚醒させたら、フフフ。一体どうなるじゃろうのぉ?〉
続く…
はいどーもー!わっしょーい!
えぇ……、前回の、次回予告的な後書き?次回予告なってないやん!ボートのクダリまだ全然やん!これは詐欺やろ!次回予告で期待させといてコレかい!兄貴何携帯落としとんねん!つーかなんでパパさんが兄貴の携帯拾ってんねん!
もう後書き長いわ!




