番外編 サッポロ十八番塩ラーメン
久し振りの投稿です。
今回は番外編ということで、本編とはあまり関係のない芽吹の日常です。
「うっ……わぁ~……。な、なんて、夢……!?」
早朝4時。季節は冬。
冬休みのとある日の早朝。秋人は突然飛び起きた。室内の温度は暖房が止まってから大分経っていて、一桁代の気温。本来なら午前4時に布団から出れば直ぐに身体が体温維持の為に強張るはずなのに、今の秋人は別の意味で強張っていた。さっきまで見ていた衝撃的過ぎる夢のせいだ。身体は室内の冷気を感知しているはずなのに、心臓がバクバクと激しく跳ね、フル回転で全身に血液を巡らせていた。額と背中に汗が滲む。
「なんて夢見てんだ俺は……。最低だな」
罪悪感に両手で顔を覆うと自然と目を瞑った。その直後、夢の映像が流れた。
「っ……!!」
秋人は頭を抱えて悶え出した。
「なんなんだよ!俺はハルとそこまでするつもりなんてな……い……」
言葉ではそう言えるが、本能ではやはり"そういう展開"を求めている。
脳裏にもう焼き付いてしまった夢の映像。芽吹の夢。可愛らしいパンツとTシャツ一枚だけの姿でベッドに仰向けになった姿。恥ずかしそうな上目使いでこっちを見つめてくる芽吹の姿。
「くっそ……」
思春期の本能に抗おうする勇敢な秋人の長い朝が始まっていた。
まだ冬休み。されど冬休み。楽しい冬休みも残すところあとわずか。暖かい布団の中でいつまでもウトウトしていたい芽吹だったが、朝から妹の部屋に不法侵入している上に、服や下着が入っている引き出しを物色している兄の姿を見てしまっては、呑気に寝てはいられない。
「朝はパンツ!パンパパンツ!白いパンツ!パンパパンツ!おっと、これ縞パン。いや、島パンだ。つまりパンツアイランドだぁ!」
(うぅ……、我が兄ながらなかなかイタい光景かも)
目の前の兄の痴態に、苦笑いすら出来ない芽吹だった。
「ちょっと兄ちゃん、勝手に人の部屋に入ってきて僕の下着でテンション上げるなぁ!」
「ぬぉあっ!お、起きてたのか!?」
不意を突かれて驚きに振り向いた筑紫の顔が赤くなる。それを見た芽吹も怒りと羞恥で赤くなった。
パジャマから適当な私服に着替えてリビングに降りてくると、兄ちゃんが一人でコーンフレークを食べながらテレビを見ていた。
「あれ、母さんは?」
「あぁ、親父とデートとかって言って、出掛けたぞ」
「デート?」
仲のいいご夫婦だこと。
芽吹は心の中で苦笑しながら両親の夫婦円満を祝ってあげた。
今の時間は午前9時を回ったところ。朝ご飯にするには遅いかな?でもお昼まで食べないのも身体に悪いし。
「う~ん……?」
冷蔵庫の中を見ながらも自分の胃袋とも相談してみる。兄ちゃんが食ってるコーンフレークもたまに食べると美味しいんだよなぁ。
何気なくそう思っていたら、兄ちゃんと目が合った。無意識にそっちを向いていたことに気付く。
「ん?何だ芽吹、お前もこれ食うか?上手いぞ。たまに食うコーンフレークは」
(もしかして声に出ちゃってた?)
「うん。出ちゃってる」
(うっ……。今のもか)
とりあえずお昼までの空腹をコーンフレークで軽く済ませて、別に見たいテレビもなさそうだったから、部屋に戻ってWeb小説のブックマークをチェックすることにした。
最近気になって読み出したのは『チェリーブロッサム』っていうタイトルなんだけど、実はこれもまたTS物なんだ。
主人公は中学までは男の子として普通に暮らしてたんだけど、突然ある病気が発病しちゃって、実は男の子の身体の中に女の子の身体が隠れてたんだ。性同一性障害みたいな感じなのかな?それで手術とかいろいろあって、外見女の子として生きていくことを決めるんだ。
僕の身に起きたこの現実よりもこの話のほうがリアルな感じがするのはなぜなんだろう?
僕個人としては共感できる描写が多くて良いんだけど、主人公は綺麗でカッコ良くて、でもたまに可愛らしいところがあっていろいろチートな感じなんだ。僕とは大違いだな。
ま、まぁ、これはフィクションだし、別に気にしてる訳じゃないから。
次々読み進めるのが楽しくて、丸々2時間集中していた。気が付いたら時計の針はもう12時を過ぎていた。
「にゃっ!もうこんな時間!?」
そう言葉を口にした直後、
きゅるる~……
「おぅふ!」
芽吹は自分の胃袋にウェイトをかけて、まだ読んでる途中の小説ページにブックマークを更新して画面を閉じた。
「ありゃ、兄ちゃんまたコーンフレーク?」
下に降りると、朝のデジャヴのような光景。筑紫は短く返事をしながらバリボリシャクシャクと香ばしい音を立てて食べていた。
兄ちゃんは自分からは滅多に料理はしない。いつも僕か母さんがいればそれに頼りっぱなし。こんな日はホントは僕がなんか作ってやらなきゃいけないんだけど、兄ちゃんは自分で適当にコーンフレークを食べてるから今日は特に気にしないでおこう。
改めて冷蔵庫の中を確認する。
ハムがある。卵もある。う~ん……。
少しの間思案して、突然何かを思い出したのかキッチンの戸棚を開いた芽吹。
「あったあった。サッポロ十八番塩ラーメン!」
お湯が入った小さめの片手鍋をガスコンロに掛けて着火!陶器のどんぶりをそのお湯に浸けて暖めておく。お湯が煮立ってきたら火傷しないようにどんぶりを取り出して、そしていざノンフライ麺を熱湯にパイルダーオン!
規定のゆで時間よりも2分くらい早く麺だけをどんぶりに移し替える。次に付属の粉末スープとかやくを速やかに麺の上にシャシャシャっと振り掛けて、生卵を麺の中心に爆撃投下!そしてそこへさっきの鍋のお湯スプラッシュ!更に畳みかけるように4枚のハムで爆撃事件を隠蔽。ラストは蓋をして完全隠蔽。
あれから2分の月日が流れた……。
「サッポロ十八番塩ラーメン。ハムと半熟卵乗せの出来上がりー!」 箸とレンゲを喚装していざ実食!……ってところで視線を感じた。いや、ホントはさっきから見られてる感はあったんだけど、なんか楽しかったから無視できてたんですよ。はい。でもこれは、ちょっと冷静になったらかなり恥ずかしいことをしてたことに気付いちゃいました。
「ジィ~……」
「に、兄ちゃん?」
「たかがインスタントラーメンにハイテンションで取り組む我が美妹。バッチリこのハイ美女ンカメラとお兄ちゃんのメモリーに記録されたぞ!」
(うっ……、視られてただけじゃなくて、撮られてた……)
ま、いいや。今はそれよりも塩ラーメン!
芽吹は兄筑紫の怪しい言動はとりあえず無視してラーメンへのもう一手間を加えた。二つのミニトマトを四等分に切ったものと、白胡麻と粗挽きコショウだ。
「いっただっきまぁ~っす!フゥ~フゥ~……」
「旨そうなだな」
筑紫は頬杖を付きながら真正面から芽吹がラーメンを食べるのをみていた。
「むほいひぃ~!」
「く、食いてぇ……」
芽吹のラーメンを恨めしそうに見つめる筑紫だが、芽吹は全く気にする様子がなく、猫舌なりに美味しそうにラーメンをすすっていく。たまにハムを「はふほふ」言いながら、ぷるぷる半熟の白身をレンゲですくってちゅるっと可愛らしく食べていた。
「ふぅ~~」
そろそろお腹がいっぱいになってきたのか一息箸を止めた芽吹。
その直後だった。
僕は後悔した。自分の不甲斐なさすぎを悔いた。今思えば警戒しておくべきだったのだ。まさかあそこで、あのタイミングで仲間の命が奪われるなんて……。
巨人は初めこそハイエナのように僕のラーメンを狙っていたが、少しの間無視していたら、諦めたのか今度はテレビに集中し始めた。僕の食べっぷりが良かったのかもしれない。しかしそれは違った。大間違いだった。奴は、巨人は初めから俺の仲間を狙っていた。
全部で四枚あったハム。その内のハム一郎は僕が。残りのハム二郎とハム三郎、ハム四郎が、突如現れた巨人の素手によってスープの中から攫われてしまった。
その時の光景を僕はスローモーションのように鮮明に覚えている。
ハム二郎、ハム三郎、ハム四郎は無惨にも鷲掴みにされ、塩スープの涙を撒き散らしながら攫われて行った。そして彼らは奴の、上に大きく開口した奈落に引き寄せられ、恐怖のあまり、また一段と塩スープを辺りに撒き散らした。巨人はその汁を鼻や口の周りに浴びたが、奴にはこれっぽっちの慈悲も芽生えはしなかった。
バクン!じゅるん!
彼らはもう僕の前には無い……。残っていたのは、どんぶりの底に沈んでいる短くなった麺と少しのトマト。スープの水面に浮いている無数の白胡麻だけだった。
ぼ、僕の大事な……大事な……、
「なんで僕ハム三枚も食べちゃうんだよ兄ちゃんのバカァァァァー!ハム二郎達を返せぇー!」
ここ数年でこんなに兄ちゃんにキレたこと無いと、僕は記憶している。
「す、すまんっ、ごめん!ぐぇへっ!痛てっ!ぶぇっ!ちょっ待て、お兄ちゃんが悪かっ……がはっ!ハム二郎って……はぐぁはっ!」
その日の夕方。
「筑紫どうした、その顔は?」
帰宅した父さんが驚きながら聞く。
「たしか筑紫はそんな激しい部活には入ってなかったはずよね。どうしたの?」
同じく帰宅した母さんも訝しげに聞く。
「僕先にお風呂入ってきま~す」
あれから今日一日中機嫌が悪い僕は、さっさとご飯を食べて食器も片付けてお風呂に入った。
「い、いやぁ~……、不良に絡まれてる中学生がいたんで、助けに入ったら結構苦戦しちまってさぁ~。あははは……」
お風呂では……。
「僕のハム……。ハム一郎しか食べてないのに……」
続く…
今晩のレシピは塩ラーメンで決定だぁ!トマトと塩ラーメンはベストマッチ!キャベツが合うんだから当然ですが。




