第16話 秋人君の気持ちに気付いてた?
芽吹は今、横磯花と中庭に来ていた。
僕は横磯先輩に言われるまま、中庭のベンチに座った。横磯先輩も人一人分くらい間を開けて隣に座った。それからもう5分? 10分? お互い一切何も喋っていない。
横磯先輩が僕に用があって、中庭に僕を連れて来たのに、その横磯先輩が何も喋らない。
この人はこの前、朝の昇降口でみんなの前で秋人に告白した人なんだ。悪い人じゃないと思うけど、まだ認めたくないけど、正直僕はこの人に嫉妬してるんだと思う。秋人も秋人でなんかすぐオッケーみたいな返事して、メアド交換もしてたし。
そういろいろ考えつつ、芽吹は隣に座る横磯花の横顔を見てみた。
彼女は俯きぎみに何か焦っているような、迷っているような、必死に何かを言おうとしている。芽吹にはそう見えた。実際あれから数分何も喋っていないのだ。
それから少し経って、先に声を出したのは芽吹の方だった。
「あ、あの~……」
「……」
「あ、あの~……よ、横磯先輩?」
「……」
不安げな表情ながら思い切って声を掛ける芽吹だが、横磯花はそれに気付いていないのかさっきと変わらず思い詰めた表情のままだった。
(うわぁ……、反応してくれない。べ、別に僕を嫌ってるとか、怒ってて無視してるとかじゃないよね。先輩の方から僕を訪ねて来た訳だし。う~ん、どうしよう。このままだと昼休み終わっちゃうよ。お昼寝出来ないよ。なんとか要件を聞かないと。……よしっ)
勇気を出して再度話し掛けようとした時だった。
「あの子さ何て喋れば良いんだべ……?」
「どぅあっ、喋った!」
「へ……、ひゃあっ、は、春風さん、なしてこさいだの!?」
「何で横磯先輩がビックリしてんの!?ってか何言ってるか分かんないんですけど!?」
「ご、ごめんね。……それでね、話っていうとはさ……」
謝りながらようやく話を切り出す横磯花。先輩に謝られて逆に恐縮する芽吹。
横磯先輩の話っていうのは、やっぱり秋人に関しての内容だった。僕と秋人は幼馴染みで今までずっといつも一緒だったこと。高校に入学した時から周囲にはカップルだと思われていること。その事を僕と秋人は否定していること。でも横磯先輩始め、ほとんどみんなが納得していないということ。
「男女の幼馴染みで恋が芽生えるとか、実るとかってさ、他人からしたら結局二次元感覚の憧れなんだよね」
横磯花は、何かを思い出すように軽く空を見上げながら言った。
(二次元……。いつか秋人に二次元美少女なんて言われたことあるような)
芽吹は美少女と言われることに今なら前ほど悪い気がしていないことに気付きつつ、まだ何となく複雑な部分があった。
「春風さんにとって秋人君って、恋愛対象になったりしないのかな?」
中庭のベンチに並んで座る2人。横磯花は体の向きを芽吹に真っ直ぐ向けて、真剣な表情で芽吹に問う。
「あっ……、う……」
(れ、恋愛対象……!?)
つい最近自覚して意識するようになったことではあるが、そう明確な単語として聞くとドキッとする。ましてや半分恋敵のような相手に面と向かって言われると、どう答えていいかかなり困る。
もごもごしていると、横磯先輩の視線がなんか凄い気がして、僕はそっちをチラッと見た。
……やっぱり凄い見られてる。
(ち、近い……)
ほんの数秒間の静寂。横磯花が芽吹から顔を離して言った。
「あなたの話をしてる時の秋人君と、今のあなたの感じを見て思ったんだけどね、」
そこで彼女は一旦言葉を切った。言い方を考えているのか、視線を地面に向ける。数秒置いて。
「なんて言うか、男女の友達以上って言うにはなんか違和感があるというか、秋人君は絶対あなたのことが気になってるはずなんだけど」
また何かを考えるように目を瞑って唸る横磯花。
「あの~……、先輩と秋人は、その、もう……」
そこで芽吹は聞きたいけど聞きづらくてつい躊躇ってしまった。
(クリスマスのデートの約束とかしちゃったりしたのかな?)
芽吹が質問の仕方に迷っている中、横磯花が言った。まるで芽吹の質問の内容をもう分かっているみたいに。
「私ね、この前はあんなこと言って秋人君に告白しちゃったけど、昨日、私はっきり言われちゃった。『俺、アイツのことほっとけないみたいだし、昔っからずっと好きだったんで』だってさ。あは。フられちゃったわけだ」
苦笑しながら敢えておどけて見せる横磯先輩。
「えっ……、じゃ、じゃあ、秋人は先輩とは、何も?」
「いやぁ~、あははは、残念ながらね」
「じゃあ、クリスマスの予定とかも何も約束してないんですか?」
「……残念ながら」
また苦笑する横磯先輩。
そしてまたしばらくの沈黙。横磯先輩はおどけてはいるが、やはり気まずい。
「本当は口止めされちゃってたんだけどね……」
「……?」
突然そう切り出した横磯先輩。
「春風さんは、秋人君の気持ちに気付いてた?」
「え……?」
「他人のそういうのって、大概第三者が気付いちゃったりすんだよね」
いつも一緒にいる身近な存在だからこそ、当人達はその好意の自覚が薄いというのはよくあるパターンである。
幼馴染みである芽吹と秋人は、まるで家族・兄弟のように過ごしてきたのだ。男女の幼馴染みでお互いが、或いは片方が恋愛感情に芽生えたとしても、なかなかに認めづらいもの。
今の芽吹はすでに秋人への自分の気持ちに気付いている。今まで親友以上に家族のように過ごしてきた秋人。その親友がある日突然女の子になってしまっても、秋人は今まで通り普通に接してくれた。その場の状況にやむ終えずそれなりにいろんな事故は合ったものの。
「もうこの際、ホントの事ぶっちゃけてもいいかな。あなたのために。……いや、むしろこれは秋人君のためだね」
座ったまま腰に両手を当てて、胸を張って一人で納得する横磯花。芽吹はただそれを見詰めた。
クリスマス当日。
芽吹は駅前の小さな時計塔の下で携帯を見つめていた。
午後2時45分。待ち合わせ時間までまだ15分もある。
秋人に会うのは正直一週間ぶりくらいなのだ。
あの日、横磯先輩にある重大な事実を知らされたことで、ショックを受けて、混乱した。それは良くも悪くだが。
そして僕が取った行動は、僕自身理解し難い行動だった。
続く…




