第11話 コフ~……
「せっかくだからアタシ達もコスプレショー出ちゃおうよ!」
「お、いいね。俺も出るぜ!」
「わ、私は出ないぞ。そんなふざけたもの」
「えぇ~。秋奈っちも一緒に出ようよ。せっかくの文化祭だよ。サプライズで芽吹ちゃんに見せればきっとビックリするよ」
「は、春風さんに……、な、なら。私は何を着ればいい?」
「よぉーっし。いざコスプレショーだぁー!」
10月の終盤ともなると昼間の眩しかった太陽が真っ赤な夕陽に変わるのも早い。
午後4時を過ぎた夕暮れ間近の教室。
どうも。僕の名前は春風芽吹です。いろいろ大変な目にあったけど、とりあえず文化祭は最高の盛り上がりのまま無事終わったみたいです。ホント、最後の最後にまさかこんなエライ目に合うなんて夢にもなんて感じです。
今この教室に、僕と秋人と、まぁいつものメンバーなんでけど、あと鯉谷さんと、中里先輩がいる訳で。
最後のイベント、ベストカップルショー。サプライズ計画含め、とりあえず大成功でした。
姉崎生徒会長に名前を呼ばれて、ステージに上がった鯉谷さん。
あの日鯉谷さんは僕に言ってくれた。
「芽吹ちゃんは柊君との関係、まだあまり深く考えてないみたいだけど……、」
鯉谷は隣を歩く芽吹の方を見て一瞬躊躇った。
「柊君は芽吹ちゃんのことどう思ってるのかな?異性として」
「ほぇ?」
秋人が僕のことを、異性だなんて……。
少し考える様子の芽吹を見て、鯉谷は、
「私は好きだよ。悠のこと。私達も幼馴染みで今まで来たけど、悠が私のことどう思ってるかは正直自信ないけど……。ずっと兄妹みたいな感じだったからちょっとあれだけど」
鯉谷さんがまた言葉を切ったから、僕は鯉谷さんの横顔を覗いた。ほんの一瞬だったけど、なんとなく、鯉谷さんの表情が寂しそうなに見えた。でもすぐに顔を上げて言った。
「うん。いつか告白する。私の気持ち悠に伝えるの。もしかしたら、今までの関係こわれちゃったりするかもだけど……」
その先を言う直前で、 「なぁ~に告白するの。愛の告白、百合だって?それとも夜逃げとか、はたまた『私、性転換します!』とか?」
夕夏である。
後ろからいきなりの乱入に驚く2人。芽吹の場合は最後の言葉とダブルで心臓にダメージを食らった。
「私にとって、彼は友達であり、お兄さんみたい存在でした。今までは。でも……」
ステージ上に一人。鯉谷は皆の前で恥ずかしさに体を震わせながらも必死で声を出していた。
「私の今の気持ちは……今までの幼馴染みでいられない。私は、幼馴染みの彼のことが……」
彼女を見守る会場の空気が緊張と浮つきとでない交ぜになる。その彼も彼女の次の言葉を待って無意識に呼吸を忘れる。
「2年A組中里悠。私は貴方のことが好きです!」
体の震えを渾身の力で押し殺し、この言葉に全ての力と想いを込めて叫んだ鯉谷。
会場を長い一瞬の静寂が居座る。
芽吹は無意識にスカートの裾をギュッと握り締めて2年生の席の方を見詰めた。
2年生の席の区画。ステージから離れた体育館のほぼ中心。ゆっくりと立ち上がる一人の男子生徒。彼が中里悠である。
「俺もです」
空気が僅かに膨れた気がする。特に女子群が。
「こんなタイミングで友梨の方から言われるなんてちょっと悔しいけど。俺もずっと友梨のことが好きだった。俺からも言わせて下さい。俺の彼女になって下さい!」
鯉谷の方に振り向く人。中里悠を見詰めたままの人。両方にせわしなく首を振る人。
鯉谷さんの方を見た僕はハッと息を呑んだ。鯉谷さんがボロボロと大粒の涙を零しながら必死に何かに耐えていた。いや、喋ろうとしている。でも口が動いてくれないんだ。
鯉谷は溢れそうな感情を、震える体を必死に押し殺しながら、震える声で言った。
「……はい」
………………………
自分の脈が、体育館にいる皆の脈が聞こえてきそうな一瞬の静寂。その後は体育館全体が震えるほどの拍手と歓声。
その直後、僕は完全に無意味というか、無我夢中だったというか、一直線に駆けだしてた。
「ハル!?」
「芽吹ちゃん!?」
「おめでとう」
「芽吹ちゃん……ありがとう」
僕は鯉谷さんに抱き付いて泣いていた。いきなりの僕の大胆行動にも鯉谷さんは優しく抱き返してくれた。
そんな感動の盛り上がりの中の思わぬ展開だった。
「続いてはエントリーナンバー0番、1年柊秋人と、春風芽吹です。どうぞ!」
この瞬間、僕は耳を疑う以前に自分の名前が呼ばれいるなんて思っていなかった。先に反応したのは秋人と、夕夏、八乙女さん、有馬君と出島君。その他生徒多数。
「やられた……」
秋人は僕を見た後、片手で顔を覆った。心なしか青ざめてるような?
「ん?」
芽吹はまだこの展開のど真ん中に自分がいることに気付いていなかった。
「うそっ、ちょっと芽吹ちゃんどういうこと!?」
「……」
夕夏と八乙女さんだ。
「ほぇ?」
「秋人めぇ~、まさかこのイベントを利用して姫との公式交際発表を仕掛けるとは、しかも姫にも内緒とはけしからん」
「出島落ち着け。どう見ても秋人にとってもサプライズみたいだぞ」
「なぬっ!?」
その後が大変だった。みんなにヒューヒューはやし立てられながら、姉崎生徒会長に言われるままステージに連れてかれた秋人と僕。
予想もしていなかった展開に訳が分からず、とにかく恥ずかしくて縮こまる僕。秋人は珍しく恐怖に青ざめた顔で僕に何か助けを求めて来ていた。
秋人がこんな状態になることなんてまず無い。
「何で僕達がサプライズされてんだろ。って秋人大丈夫、何かヤバそうだけど?」
「ハル、俺今日お前の兄に殺されるかも。極めて理不尽な理由で」
確かに、兄ちゃんの僕へのシスコンぶりを考えればこの展開はマズいかもしれない。
この事態に筑紫が黙っていられるはずがない。芽吹はステージ上から体育館を見渡し、全校生徒の中から筑紫の姿を探そうと顔をそちらに向けた。しかし、そこでとんでもない事実にぶち当たってしまった。全校生徒からの注目度がほぼ100%なことに気付いてしまったからだ。
「えっ……、あばばばばばば……ほえーー!?」
飛び上がって真っ赤に瞬間沸騰して悲鳴をあげてしまった芽吹は、咄嗟に秋人に抱き付いた。
「うぉっ、ハルおい!」 そのおかげか一応正気に戻った秋人だったが、これが一番マズかった。
全校生徒の前で、ステージ上で2人の熱い包容。会場が一瞬沸き立ったのだが、ほんの一瞬だった。芽吹と秋人の背後にデカい影が突如現れたためだ。
ギシギシとその巨大に顔を向ける秋人。
芽吹はまだ秋人にしがみついている。
「つ、筑紫先輩ご機嫌良いみたいッスね。まさか某サイヤ人みたいな瞬間移動が出来るなんてビックリですよ。あはは」
顔が引きつる秋人。
こっちを見下ろす黒い影のみの巨塔の顔の部分には片目が鋭く光っていた。コフーと荒い鼻息が秋人の顔に吹き下ろされる。
「安心しろ秋人。芽吹はお前を信頼している。兄であるこの俺にはこれほどカワユイ柔肌を密着させて来てはくれないのだからな。クソっ、何故だ!安心しろ秋人。別に嫉妬心で大事なマイシスターのベストフレンドをどうこうしようなどとは思っていない。安心しろ」
「筑紫先輩、明らかな嫉妬を伴う殺意の波動を感じるんですけど、どう安心しろと!?」
「……げっ、兄ちゃん!?」
ようやく筑紫の存在に気付いた芽吹。
恥ずかしさに涙目になっていた顔で筑紫を見上げる芽吹。すると黒い巨塔から実態になった筑紫が姿を現した。コフーと鼻息を吐き、それをまたコフーと吸い込んだ。
「兄ちゃん、秋人と僕はこんなカップルとかそういうんじゃないからね。だって僕は元男だし。それにほら、秋人はイケメンだから会場を盛り上げるためとか、そういうノリなんだよきっと」
「コフ~……。カワユイ」
(今、口でコフ~って言ったよこの人)〔秋人〕
芽吹の可愛いさに内心ホクホクした筑紫は、ギロリと真のターゲットに視線を向けた。司会席でこの展開をイタズラ成功とばかりに腕組みをして楽しんでいる姉崎生徒会長である。
あくまで筑紫をからかう挑発的な視線を向ける姉崎生徒会長と、それに対して舌打ちで睨み返す筑紫だった。
この後、白銀の姫君と秋人の告白ラブシーンを勝手に熱望していた群集が暴走したり、そういう展開を許さない筑紫が鬼神と化して不埒な群集に制裁を食らわしたり。
このまま僕が会場にいるのはマズいと秋人が言い、鬼神の戦場から逃げてきた夕夏、八乙女さんが一緒に逃げようと言って来た。その際夕夏が逃走用アイテムをくれた。
「ハァ、ハァ、ねぇ夕夏、ハァ、ハァ、これ……何?」
「何って着ぐるみだよ」
「着ぐるみは分かるけど……走りずらいし、何かベタンベタンうるさいんだけど?」
逃走用に夕夏がくれたのは、一昔前に流行ったらしい襟巻きトカゲの着ぐるみだ。何故にコレ!?しかも、二足走行の足は横に付いていて、走ると回転して廊下をベタンベタン鳴らしてくれるよく分からない機能付き。何コレ!?口もなんかガパガパいって前がよく見えないんですけど!?
「夕夏、ホント何コレ。走りずらいよ!?」
「きゃははっ。カワイイは正義だよ!」
「意味分かんないよ!」
続く……
「……お前ら、何やってんだ。なんだそれ?」
「あっ、有馬君。見てみてコレ。襟巻きトカゲ。走ると足がバタバタ回るんだよコレ!」
「……だから何やってんだって?いや、もういい……」
「京弥俺のを見ろ!」
「お前はお前で何のコスプレだ?」
「フフン。聞いて驚け、これはな……」
「あ~驚いた。……で、八乙女まで珍しいな」
「あれ、俺無視!?」
「こ、これは……は、春風さんが喜ぶだろうと夕夏が言うから、その……」
八乙女秋奈の綺麗な長い黒髪をツインテールにした「初音ミク・黒髪バージョン」を演出。
芽吹も当然大興奮の大好評だったが、八乙女ファンの者達にとっては最初で最後の最強レアとなったとか。
「八乙女さんの黒髪ミクすごぉ~。地毛でやったゃうなんて!」