第6話 僕そんな神様なの!?
もうじき夕陽ヶ丘高校文化祭だ。今回はその準備期間中の一幕。
文化祭を一週間後に控えた夕陽ヶ丘高校は、その準備で皆活気づいていた。しかしその活気の熱は、恋多き乙女達のハートに火を点す。
放課後を利用して遅くまで準備作業を進める生徒達。そんな彼ら彼女らの会話の内容はそれぞれに楽しげなものだった。
男子の主な話題はゲームや漫画。流行りの芸人、しょうもない武勇伝とか。女子は好きなアーティストや、スイーツにファッション。だが、必ず話題に上がるのが、恋愛・恋バナである。男子共は下ネタも混じるが。校内で誰が好きだ。誰と誰が付き合ってる。話に熱が入り作業が止まってしまうグループもあったり。
芽吹達が担当する模擬店は、メイド喫茶をやることに決定した。
張り切ってその準備を進めるクラスメート達。若干1名を除いては…。
(嫌だなぁ~。水着、浴衣に続いて今度はメイド服。しかも文化祭だから家族も来る。もっと言えば兄貴がヤバい。学校じゃ態度には出ないけど、家に帰ったらひどい。僕には分かる)
メイド喫茶の件が決定したその日以降、家での筑紫の壊れぶりは、外キャラしか知らない人には絶対信じてもらえないレベルだろう。どうしてあんな兄貴になったのかと、深く溜め息を穿く芽吹だった。
「おぉ~、白銀の姫の憂いの吐息。なんと儚げな美しさだ」
「バカ!」
メイド服の衣装はもう決まっている。あとは店内のデザイン、飾り。あとメニュー表や看板などの外観だ。
メイド喫茶に関して詳しい園田を始め、その他オタク男子とチームを組んで本格的な外観作りにを始めた夕夏。
「ねぇねぇ、メニュー表とかってどんな感じが良いかな?」
「う~ん、そこはやっぱかわいい系でしょ」
「例えばどんな?」
「例えば~……、クリックリな感じとか、モコモコ、モフモフ的な?」
イマイチボキャブラリーに欠ける一部女子の会話。
(ふむ。可愛い感じは分かる。分かるけど……)
芽吹がメイド姿になる事に大興奮の制作メンバーだが、デザイン性に関しては今ひとつ。(可愛いデザインって言われても、僕元々男だし、そんな女子的感性は持ち合わせないんだけど)
メイド服を進んで着る気はないけど、ここまで来て文化祭を台無しには出来ない。そんな複雑な思いで準備を頑張る芽吹。
「こんな物でどうだろう。定食屋のお品書きというこんな感じだっただろう?」
八乙女さんは学級委員では書記。字は綺麗なのだ。なのだが、それを見た数人が変な表情になった。
「秋奈さん、私達定食屋じゃなくて喫茶店だからね。それに……」
軽く指摘した女子が微妙な顔になる。
八乙女さんが右手に持っているメニュー札「クリームソーダ」は、達筆な筆書きで「駆利ー霧想打」
「え~……っと」
もう1枚左手に持っているのは「御夢雷須」
「オムライスだ!」
何故か自信満々な表情の八乙女さんに、夕夏と芽吹は静かに微笑み掛けてみた。芽吹は少し困り顔だったが。
あとでこっそり夕夏にツッコまれた八乙女さんだった。
(八乙女さんって意外と天然な所あったんだ)
文化祭当日まであと4日。
デザイン性に欠けた芽吹達のグループに助っ人が登場した。
「わあ~っ、流石悠里。これイイじゃん。カワイイ!」
「え、どれどれ見せて見せて!」
昨日作くり出したお店の看板。アキバに詳しい園田のアイディアでそれはそれで良い出来だったのを、助っ人の彼女の一工夫で皆が唸った。
鯉谷悠里。隣のクラスの女子でイラスト愛好会に入っている。長いストレートの髪を両耳の下で簡単に結っている。おとなしめな子だ。
(ん~、僕なりに丸っこく可愛い感じにしてみたけど、う~ん……?)
顎に手をやって出来映え確かめていると、
「芽吹ちゃんのはどうですか、どれどれぇ?」
「ほわっ!?」
いきなり横に来て出来映えを見てくれる鯉谷さん。模様や看板、マークやタイトルのロゴデザインなどを考えるが好きらしい。
「鯉谷さんすごいね。僕なんかあんな模様とか思い付かないよ。ホント可愛く出来てたし、メイド喫茶の雰囲気にバッチリだよ」
「そ、そんな誉めすぎだよ。芽吹ちゃんのあれも良かったよ」
芽吹がさっき書いたのは「チーズタルト」。デザインの参考は『ドッキン・ホーテ』のあのカラフルな手書きのタグだったりする。
今芽吹と鯉谷さんは、資材倉庫に来ている。元は教室だったこの部屋には、一年間の各行事で使われたいろんな物が詰め込まれている。そのほとんどが数十年使い回されている道具ばかりらしい。
物の多さに圧倒される芽吹。
「ほぇ~」
「流石にいっぱいあるね。あ、これ体育祭で使ったやつだ」
芽吹はひたすら圧倒されて眺めるばかり。鯉谷さんは今までに先輩達が作ったデザインに興味を引かれていた。
「ところで僕達何取りに来たんだっけ?」
ボケッとして言う芽吹に鯉谷さんは、
「お店の看板の板と大きな紙だよ」
少し苦笑いで答えた。
必要な資材を持って教室に戻りながら、鯉谷さんが芽吹に呟いた。
「芽吹ちゃんはいいなぁ~……」
「ほぇ、何が?」
「私も高校生になったら恋愛の一つぐらい出来るかもって思ったけど」
鯉谷さんの方を見ると、彼女の視線は校内のあっちこっちに向けられていた。この放課後、特に文化祭の準備期間中というのは、どうしてもテンションが上がるもの。カップルの行動も自然といつもより自由になってしまう。そんな校内の雰囲気に、表情を曇らせる鯉谷さん。
そんな彼女に、芽吹は思ったままのことを聞いてみた。
「鯉谷さんもしかして、誰か好きな人がいるの?」 すると、
「えっ、いぃぃやや、わ、私別にそういう意味で言ったんじゃなくって!」
急に顔を赤くしてワタワタと手を振る鯉谷さん。そのあまりの反応に、芽吹は話題を変えようした。
「そ、そう言えばさ……」
「め、芽吹ちゃんはどう柊君と?」
しかし、それは彼女に遮られた。
「え?」
思わず反応してしまった。
「いつも登下校一緒だし、男女で幼馴染ってパターンはやっぱり……、¨デキてる¨んだよね?」 「デキてる?う~ん、良く分かんないけど、秋人とは小さい時からいつも一緒だったし、親友?あっ、腐れ縁ってやつかな?あと、僕っておっちょこちょいだし、勉強苦手な所とか、秋人は助けてくれるイイやつ」
まるで同性の親友のように言う芽吹に、彼女は憧れと不思議な安心感を覚えた。
(秋人がイイやつっていうのは間違いない。けど、鯉谷さんのこれって恋愛の話なのかな?僕と秋人はそういう関係じゃないんだけどなぁ。友達以上恋人未満……。秋人と僕は恋人未満……恋人!?いやいやいや、恋人って何、そんなんじゃないから!?)
今度は芽吹が一人でワタワタし始めた。何を考えているのか、難しい表情から急に顔を赤くしたり。そんな表情豊かで可愛らしい芽吹の様子に、何故か自然と笑えてしまう。
「プッ、ぷぁははは!」
「ほぇ?」
いったい何に笑っているのか分からずポカンとする芽吹と、そんな芽吹と秋人の信頼関係を知って、何かが吹っ切れそうな気がした鯉谷さんだった。
文化祭当日まであと2日。
昼休み。芽吹と夕夏と出島は姉崎ルイ生徒会長に、急遽計画したサプライズイベントを提案するために生徒会室に足を運んだ。
「……なるほど。うまく行けばイベントは更に盛り上がる企画ね。私もこういう展開は結構好きだけど」
姉崎会長はここで間を置いた。表情を真剣なものに変えて芽吹達に問う。
「本来は既にデキてるカップルの中からベストカップルを選ぶイベント。そこにYES or NOの告白イベントを入れる。大丈夫なの?」
姉崎会長の鋭い視線に芽吹は思わず喉を鳴らした。対して夕夏と出島は余裕で首を縦に振って見せた。
告白イベントをプロデュース。しかも全校の前で。つまり、ターゲットの2人が両想いでなければ成功しないイベントである。姉崎会長はそこを心配しているのだ。未成年の主張のように告白失敗では意味がないこの企画。
「だ、大丈夫です!」
「アタシが付いてますから任せて下さい会長!」
「リアルの乙女ゲーム、絶対コンプして見せます。なんつったって胸キュンの女神芽吹様がいるんだからな!」
「へっ、僕そんな神様なの!?」
続く…
他人の恋路はミルクティーの味。文化祭は青春ソウル解放期間である。