物語の始まりは
ヴヴヴ…
スマホの灯りが部屋に灯る。
それは僕のまた細くなった腕を照らした。
『また、痩せたな…』
ボーっとしたままそれをみつめていたが、しばらくしてからその光源を手にとる。
「…もしもし?」
「あ、やっとでた。なかなか出ないから心配したぞ?」
高校生時代の、といっても一年前のことだが、数少ない友達の声がスマホから響き、部屋を満たした。
「ヨウ…」
ヨウ、こと夏空陽太は変わらない明るい声で話し始める。
「久々に俺らの休みかぶってさー、これは宴会しろという神様のお告げではないかと思って、実行しようと思うんだけど、コウもどう?」
宴会かあ…楽しいだろうな。でも…
「ごめん、行けないや…」
そう返事を返すと彼はあきらかな落胆の声になる。
「えー、何でだよー?ライもシズもハヤも、アキ先輩だってくるんだぜ?」
「うん、それでも…」
「でもよ、少し位、顔みしてくれても…」
「本当に、ごめん…」
少しの間の沈黙。それを彼の声が破ってくれる。
「そっかー、じゃあ、シズの事、帰しておいてくれ。」
「シズ?」
彼も、高校生時代の同輩だ。しかし、彼を帰すとは?
「いやさ、シズが早くお前に会いたいから迎えに行くっ!って言って、聞かなくてさ、渋々行かせたんだよ。多分、もうそろそろ着く頃…」
ピンポーン
部屋に高らかにインターホンがなった。
「…丁度きたみたい…」
「…毎度思うけど、あいつ、タイミング良すぎねえか?」
ヨウの最もな疑問をに苦笑を零してから、電話を切り、玄関に向かった。
「シズ?」
ドアに向かって呼びかけると低めの、女の子受けの良い甘い声がする。
「そうだよ~?三日月夜虹の大親友の、夜桜雫だよ。」
懐かしい響きに嬉しさを覚えながらも、心の中のほとんどは、どのように顔を合わせなくても帰ってもらえるかと必死だった。
「ヨウから話は聞いたよね?行こう?」
「…あのね、僕、今日行けないんだ…予定が、あって…」
「ふぅん、予定ね…」
疑い満々な返事に嘘がバレたと分かる。
「ね、コウ、顔みして?」
やっぱり…隠せなてないよね
「えっと…無理」
「冗談キツいよ。なんでわざわざ訪ねてきた親友と君はドア一枚へでてて会話するの?」
そういって彼はドアのノブをガチャガチャと鳴らす。開けろとの激しいアピールだ。
「ご、ごめん、風邪ひいてるから…」
「今度は風邪?忙しいね、コウも。」
とっさの嘘は不利な結果を運んで終わった。
「でもそうなら尚更開けて貰わなきゃ。前に君、こじらせて倒れたの覚えてる?」
その節は迷惑かけました…。
「コウ、開けて。じゃないとコレを蹴破るよ?」
ドアの下の方からコンコンと音がする。
冗談、と笑い飛ばしたいが、そう出来ない所が彼の怖い所だ。
仕方なく、チェーンをかけて、ドアを開ける。コレなら、あんまり顔を見られないかな?
そう思ったのが、間違いだった。
ドアを開けた瞬間、外から大きく、骨ばった手が滑り込み、そのまま、無理やりドアを開放した。チェーンを千切って、だ。
「やあ、久しぶり、コウ。チェーンをかけるなんて酷いね。」
そう言いながら彼は僕の身体を確認するようにペタペタと触った。
「大分痩せたね。最近、何食べた?」
「えっと、何だっけ…」
断食3日目だ。それ以前に何食べたかなんて思い出せる訳がない。
「まさか、またしばらく何も食べないとか言わないよね?」
彼の目がギラリと光る。
イケメンって怒ると怖いよね。イケメンだけど。
此処まできてしまったら、隠しても無駄か。
そう思って、本当の事を話す事にした。
「大丈夫だよ。今回は水飲めてるから。」
へらりと笑ってみせると、驚いたように目を見開かれた後、思い切り脱力された。
「とにかく、来なよ。そこで、何か食べてけば…」
彼の誘いに首を振る。
「ダメだよ。また心配かけちゃうから。」
僕の腕を引っ張ろうとする腕をそっと避ける。
「…そう言って、何も食べないつもり?」
「…虫食べる…」
「それは人間の食べ物じゃないでしょ…」
呆れたようにため息をついた彼は、自らの前髪をかき上げた。そして、それと反対側の手を僕の肩に回し、引き寄せる。
「無理…しないで…お願い…」
震えた切実な声は、聞いている方の心を痛ませる。
「…大丈夫。僕は大丈夫だよ、雫。」
ふと体を離された。
「どうして、こういう時だけ名前で呼ぶかな?」
だって、
「弱いでしょ?」
いたずらっぽく笑ってみせれば、
「…よくご存知で。」
と、苦笑混じりで返された。
その表情と、顔に疲れを感じる。
「…なんか、シズ、老けた?」
訊ねれば、僕の頭を撫でてくる大きな手。
「大人の色気が増した、と言ってくれると嬉しいな。」
「…疲れてる?」
僕より頭一個分以上高い所にある顔を真下から見上げるように尋ねる。
「少しだけね。最近、家がうるさくて。」
彼の家は、アキ先輩に負けず劣らずの金持ち一家で、シズやアキ先輩は高校の頃から何かと大変なようだった。
「ねえ、シズ、俺の事なんて良いから、帰った方が良いんじゃないの?」
「こーら。」
コツンと頭を小突かれる。
「そういうこと言わない。俺の事なんて、なんて卑下したりしないの。」
柔和な笑みを浮かべる。
「まあ、今日は帰るよ。進展無さそうだしね。でも、近い内にまた来るから。」
許可の意味でうなずくと、
彼は満足そうにまた僕の頭をなでヒラリと出て行った。
部屋には、彼が去った事で寂しさと元からの静けさだけが残っていた。
続く……




