X・Y・Z 最後にして究極の
ご注文は――X・Y・Zですか。申し訳ありません、材料を切らしていまして、別のカクテルにしていただけますか?
ラムもキュラソーもあるのですが、レモンがもうなくて。ご存知の通り、生鮮食品というのは貴重で高価なものですから。バーなんかに卸すのはもったいないという訳です。
レモン以外のフルーツはいくらかあるので……ラムベースならピニャ・コラーダとかモヒートなんてどうでしょう。ショートドリンクがお好みならマティーニやマンハッタンもできますよ。
マティーニで、ありがとうございます。
ああ、見られてしまいましたね。先程のはウソです。申し訳ありません。ただ、これは最後のレモンでして。自分のための一杯に取っておきたかったんです。
今日はX・Y・Zを注文されるお客様が多かった。アルファベットの最後の三文字、「これでおしまい」という名前のカクテルですから、地球での最後の一杯に相応しいということでしょう。
でも、私に言わせればまったくもって相応しくない。
宇宙に旅立たれるあなた方には、無限の未来があるではありませんか。お客様ご自身のことだけではない、子孫を残し人類を繁栄させるという希望があるではありませんか。
今日、最後の船が発つと同時に地球は終わります。残る者――置いていかれる者も幾らかはいますが、その中で生殖可能な若者がどれだけいるか、汚染物質の除去にどれだけの年月がかかるか、お客様もご存知でしょう。はっきりとした数字でなくても良い。とりあえず、先には絶望的しかないということですよ。
……無駄口を叩いてしまいましたね。お待たせしました、マティーニでございます。
「カクテルの王様」をご注文いただいて嬉しいですよ。最後に腕の振るいがいがある。
ええ、私は今日限りで店を畳むつもりです。酒もフルーツもこの先まともに手に入るか分からないし、何より地球に残ったのはゆっくりカクテルを味わうなんて発想のない連中ばかりですからね。
X・Y・Zには究極の、という意味もある。私が生涯磨いてきた腕と舌にかけて、最高の一杯を作って――自分で飲み干してやるのです。滅びていく地球に向けた献杯です。
ああ、もうお時間ですか。ご無事をお祈りしていますよ。母なる地球を離れる人類の未来が、明るいものであるように。
それでは、良い旅を。




