Music of the Night 愛のデュエット
私は彼が来るのを待っている。
随分と時間を掛けて身支度を整えた。
シャワーで念入りに汚れを落とし、石鹸を流した後にまたたっぷりと水を浴びた。余計な香料の臭いが残らないように。彼に伝えるのは私自身の匂い。それだけで良い。
身体と髪を乾かした後にまとうのはシンプルなシャツとスカート。彼に見せたいのは私だけだから。
かつての女性たちのように、着飾り装いを凝らす必要はない。装飾品や化粧に頼らなくても私は十分に美しい。今の同じ時代に生きる、あらゆる老若男女と同じように。
彼。私。私自身。そんな区別がどこまで大事なのか、実は良く分からない。
人類が掲げた差別をなくすという理想は、実現してみれば個性をなくすということだった。
同じような顔、姿かたち。性格。確かに争いは生まれない。けれどそんな世界で愛するということはどれだけ意味があることなのだろう。彼も私もほとんど他の人と同じなのに。
暗い部屋で待ちながら、思う。
私たちの人生はとてもつまらない。
怒りや憎しみがない代わり、心の底から笑うことも悲しい物語に涙することも、ない。きれいなものに心を動かされるということも。だって汚いものなんて目に入ることはないから。酒に酔ってバカ騒ぎするということはないし、食べるものは、栄養は過不足ないけれど美味しいいう感覚が分からない。思い悩んでやせ細るということも、飽食の果てに肥え太るということもない。栄養補給はルーティンとして生活の中に組み込まれている。まるでプログラムのように。
これでも私たちは生きていると言えるのだろうか。決して口にしてはいけない疑問だけど、歴史で学ぶ愚かで理不尽で混沌とした先祖たちの方がよほど生き生きとして――人間らしいのではないだろうか。
「待った?」
「全然」
彼が来た。心拍数が少し上がって頬に朱が差すのが分かる。そうだ、生きていないなんて言わせない。彼と会って嬉しいと思う、会えなくて寂しいと思う。きっとこれは愛と呼んで良い。
私は彼と違う生きものなのだと、確かめたいだけなのだとしても。
私と彼は共に時を過ごす。身体を重ねるということはない。私たちからは性欲も取り上げられているし、生殖もかつてとは形を変えている。
愛を確かめるために私たちがすること。歌うのだ。歌詞も伴奏もない。ただの声。音楽は奪われていないから。音の高低と抑揚が私たちにとっての快楽。
彼の声は私の魂――そんなものがあるなら――を愛撫する。私は応えて声帯を震わせる。和音。音の震えは多分心の震えでもある。ここまで進化したはずの人間が虫や鳥――もういないけど――と同じことをするなんて。
和音が生まれるということは、少なくとも私と彼の声は違うということだ。先祖たちは恋人との共通点を数えて喜んだというけれど、今の私たちは、違うということがこんなにも愛しい。
私たちの歌声は夜に溶け出す。
闇の中ではきっと無数の恋人たちが歌っている。