ウツロさんと七人の私たち
中途半端な暑さが鬱陶しい四月中旬、私はこの春入学した高校の校門に立ち尽くしていた。
うん、入学式前日に盲腸で入院⇒手術とか、幸先悪すぎるだろう。いきなり、高校生活のハードルが上がりまくりである。もう、クラス内にグループできてるよ、絶対。
おさき真っ暗な高校生活を思い描きながら、職員室に向かう。
担任教師は佐藤とか言う没個性の三十代独身男の英語教師だった。特徴がなさすぎるのが特徴だ。
「おう、大変だったな」
などと声をかけてくるが、大変なのはこれからである。
とりあえず、返事をすべく「私たち」は会議を開始する。心ここにあらずの体をコントロールすべく「ウツロさん」が「私」と交代してくれた。
【精神界会議】
“と、言う訳で、佐藤になんと返すか話し合いたいと思う”
「私」が言うと、「私2」こと通称「電波」がけらけら笑う。こいつは電波以前に笑い上戸でもある。基本的になんの解決ももたらさないので、スルーが肝心だ。
“運命論についての議題か……”
などと訳の分からない供述を始めたのは「私3」こと通称「博識」だ。尚、こいつは自らを「愛知」などと言っているが、そんな外郎だとか鯱だとか連想する呼び名は嫌だ。こいつも基本的に何の解決にもならないことばかり提案してくる。
“Ihc hadde maked……”
いきなり中英語をかましてきたのは「私4」こと通称「シェイスクピアン」だ。シェイクスピア好きをこじらせた結果、何故か中英語を使う。こいつは基本的に問題外だ。
“…………ふっ”
地味に笑うのが「私5」こと通称「無口」だ。喋らないので問題外その2でもある。尚、こいつも地味に笑い上戸だ。さすが「私」である。
“この学校って科学研究部あるかな?”
今その話題はいらないky発言をするのは「私6」こと「理系」だ。興味を惹く実験以外は全く以って役に立たない奴だ。
“a<0 b>0のときF(x)=a+b……”
呪文を唱え出したのは「私7」こと通称「数学」だ。こいつは常に何かぶつぶつ呟くBGM係である。当然、話し合いに参加することはない。
駄目だ。さすが同一人物の人格、全く役に立たない。
「先生、あなたの官能が、退屈な一年間をかけても味わえないほどのものを、今この一時のうちに出してお目にかけましょう」
時間切れで「ウツロさん」が勝手に動き出す。
手品の要領でパッと担任の机の上に盲腸の診断書を出現させていた。
それは良いとして、お前どこのメフィストーフェレスだ。つか、誰がこんなこと「ウツロさん」に提案しやがった。
【緊急精神界会議】
“怒らないから正直に話しなさい「博識」”
良い笑顔で「私」が尋ねると「博識」はハテナを浮かべる。
“ゲーテは私ではない。ダンテなら私だがな”
“……………っっっっ”
“お前かああ、「無口」!!”
爆笑を抑えきれていない「無口」が犯人らしい。愉快犯な辺り「電波」よりもタチが悪い。
「おお、診断書忘れてた。サンキュー」
そう担任が返したので、うまく乗り切ったんだろう。多分。
「出遅れて不安もあると思うが、頑張れよ」
「はい」
「私」は答えると、自分の教室へ向かう。
さて、重要な問題が発生したので、教室までの移動の間、「ウツロさん」に行動を任せる。
【精神界会議】
“友人を作るための最初の声かけについて話したいと思う”
これからの高校生活がかかっている。ここは慎重にいくため、役立たずどもには退出してもらう。無論「シェイクスピアン」「理系」「無口」の三名だ。BGMの「数学」は無害なので放置だ。
“一人芝居(※ただし、香港映画風)でからむ”
そんな伝説になりそうな提案をするのは「電波」だ。こいつに行動の主導権を握られた場合、初登校初日に盛大な黒歴史を作ることになりそうなので気を引き締める。
“私は220だが、君は284だ”
“220と284のようになろう”
「博識」の言葉にBGMを辞めた「数学」が反応した。駄目だこいつらなんとかしないと。
「はじめまして、河蟹」
いつの間にか教室に辿りついた「ウツロさん」が第一クラスメイトに声をかける。なんでそうなった?!
「ああ、盲腸で休んでたって人?こんな時間に水道局の人だと?!」
そして、話しかけられたクラスメイトもスカートを短くして茶髪の外見に似合わず、ノリノリである。いや、怪訝な顔をされるより良いけど、何故ネタが分かった?
思わず「私」と第一クラスメイトはガシっと握手してしまった。
しかし、「私」には問題が発生しているので「ウツロさん」にあとは任せる。
【緊急精神界会議】
“どっから突っ込めば良い?”
“友愛数から友愛になったあたりじゃないの?”
けらけらとまともなことを「電波」が言う。明日は雨だろう。
“因みに犯人は私である。ぶはっ”
前言撤回、やっぱりロクでもない。
「面白いね。ま、同じクラスだし仲良くしよう」
神がかり的な展開でイベントクリアしたらしい。
こうして、「ウツロさん」と「私たち」の高校生活は始まったのである。