だれもしらない救い
彼は一人だ
彼の周りは闇だ
深い闇 鋭い闇
切り裂かれた彼のからだ
這いつくばって
痛みが走る
無常で
埋められたように
泣き叫んでも闇
笑っても泣いても
誰からも認めてくれない
孤独 場に消える
金切り声で叫んで
苦しいと叫んで
つらい思いぶつけても
そこから抜け出せない
砂を噛むように
空を切るように
水を摑むように
ぼんやりと
自分の感覚だけを
存在の感覚だけを
確かめていく
この闇に輪郭を失わないように
消えていかないように
はるかかなたの窓
格子の嵌まった窓
そのむこうの闇だけを見て
いつまでも いつまでも
闇とたたかっていった
淡い意識ざわめいて
彼が疲れ果てて
もうすこしで
目が見えなくなり
耳が聞えなくなり
ひきちぎられて
溶けていって
だれからも感じられないほど
存在がなくなっていく刹那
置き去りの彼を
生きる気力のない彼を
みつけてくれた人がいた
からだをどうにかして
うごかして
彼は
格子の向こうに
手をふった
残された力をふりしぼって
僕はここにいるよ
僕はここにいるよ
小さな声を響かせて
手をふった
そうして
すぐに彼は息絶えた
それから
数秒が過ぎ
数分が過ぎ
数時間が過ぎ
数年が過ぎ
永い時間が過ぎたとき
その人は彼に
手をふりかえした
すると
その瞬間
ぱっと明るく
暗きはなくなって
青い空と
白い雲と
海と陸地と
太陽のある場所に
自由がある場所に
彼は解放されて
窓の格子が外されて
二人は出会った
二人は出会った
広い空間に
そこには
ただ
蝶が二匹とんでいた
なかよくとんでいた
そしてしあわせだった
ただいま
おかえりなさい
そんなあいさつをして
二人の蝶は
どこまでも
救いに消えていった