気持ちの傾き
皇子と親交があるのも、数人しかいない。身分からすればもっと居そうなものだが、それは彼自身望んでいない所為もある。
イグレーンは大勢の友人とわいわい騒がしく過ごすより、静かに過ごす方を好む。それが愛しい者と二人で共有出来るなら、彼にとっては至福の時となるのだ。
「愛している人に名前で呼んで欲しいと願うのは、論を俟たない事ではありませんか」
キシッと寝台が軋んだのは、椅子から桜の側にイグレーンが腰を移したから。
「アルと呼んで下さい。イグレーンの名は皆に呼ばせていますが、この名は限られた者にしか呼名を許していません。貴女には、こちらで呼んで欲しいのです」
「え、そ、そんな……」
限られた者にしか呼ばせない名を呼んでも良いと言われ、恐れ多い気持ちと申し訳ないような嬉しい様な気持ちが半々。
「私も貴女を桜と呼ぶことにします。……少しでも距離を縮めたいのです。
本当なら寝る時も貴女を抱き寄せていたい。食事も何をするにも、この部屋に居る時は貴女の直ぐ近くに居たいのですから」
ストレートな物言いに、桜は思わず毛布を頭まで引き上げてしまった。
顔が熱くて堪らないのはどうしたら良いの?そんな心地良い声音で言われて、凄くドキドキして……。
まるで自分が自分じゃないみたい。
「さ、桜?」
そっと毛布を下に引っ張られるのを感じ、彼女は渾身の力で留めようとするも。
「どうしたのですか?……具合でも?」
結局、更に毛布を引っ張られ、ずるっと鼻頭近くまで下げられてしまった。
「……」
「……」
目から上だけを出したまま、イグレーンをちらっと見やった桜。だが直ぐ額まで毛布を戻してしまう。
「……ち、直球過ぎます……」
くぐもった声ではあるが、それを見聞きしたイグレーンは固まってしまった。
何て可愛いのだろう!
真っ赤に染まった頬も、その声も。その動作でさえ、桜本人も知らない、うぶな彼女の魅力を彼に示しただけである。
少しは、私を気にしてくれているのだと自惚れても良いのだろうか?
ああ、そうであったなら……これほど嬉しい事は無いのに!
早鐘の鼓動を必死に抑えつつ、イグレーンは桜の髪へと手を伸ばした。
ぴくっと反応は示したものの、彼女はされるがままに髪を撫でられている。
「桜。……私の事も、名前で呼んで下さい」