信じて
彼は、自分を喰らう為弄ぶ為に連れて来たのではないと言った。
ただ、愛しているが故だ……と。
本当に信じても良いの?
海底のこの国に私を連れて来たこの人を、信じても。
俯いた先に見える、イグレーンの尾をぼんやりと視界に捉えたまま、桜は戻り切っていない体調を無視して思考に耽った。
そして暫く経った頃、漸く彼女は身動きしたのだった。
この国の事を何も知らないし、何があるか、何が起こるのかも分からない。私を愛していると言うのなら……護ってくれるのだろうか。
何か、重大な事が起きる前に。
何も始まってもいないのに、何故かそんな予感に囚われる。それがか細い不安となってイグレーンへと届いた。
「……私は、信じても良いのでしょうか」
「え?」
「貴方様が、護って下さると……信じても……」
ぽつり……と落ちた声にイグレーンははっとした。自分が抱き寄せている華奢な身体は、微かに震えていたからだ。
「信じて下さい。必ず、貴女を護りますから」
強く言い切り、自分の上に桜を横座りに抱擁すると、顎を掬い取る様に上へと持ち上げてその頬に手を滑らせた。
「ゆっくりで良い、お互いを知っていきましょう。異種族故の意見の食い違いもあるかもしれないけれど、きっと、分かり合えると信じています」
自分の頬を包んでしまえる大きな手は、その言葉と同じくらい温かくて何故か安心した。