“帰りたい”
「ッ!!」
「……あの人も、きっと待ってる。長い間待たせてしまって……やっと、嫁ぐはず、だったのに」
大吉さん、やっと、これからはずっとあなたに尽くしてあげられるはずだったのに……。
「お願いです。……私を、村へ帰して……」
きりきりと痛む胸。
自分が攫わなければ、彼女はあの男と今、幸せに新婚生活を送って居たのかもしれない。
そんな思いも過る。けれど、イグレーンには、桜の切な願いを受け入れることは出来なかった。
自分ではない、他の誰かのものになってしまうなんて耐えられない!
「それは……、出来ません」
この一言で、桜の瞳から光が消えた。
「そう、ですか……」
それ以降、一日経っても三日経とうとも。十日経ても、彼女が皇子の言葉に声を返す事は無かった。
「どうかお願いです。水だけでも飲んで下さい。死んでしまう」
脱水症状さえ引き起こしかねない状況で、桜は瞳すらも閉じて一日を過ごす。
一切の言葉に反応せず、ただ、呼吸を繰り返すのみ。生存するための最低限の事以外は脳からの全てシャットアウトされていた。
「……貴女を陸に戻したら、貴女は二度と、私の元へは来てはくれないでしょう。
私達人魚は、姿を見られてはいけない種族なのです。貴女がどれだけ秘密にしてくれていても……人魚を見た貴女を、帰してはあげられない」
貴女を失ったら、きっと私は死んでしまうだろう。