誤解
桜がもうすぐ死ぬかもしれない、と心が揺さぶられ、彼が取り乱すその一歩手前。
「母から良く聞かされていました。……海の奥深い所には、人を喰らう生き物が居るのだと。甘い言葉で捕らえたその人を肥えさせ……最後には喰らうのだと」
それは、彼の思考を停止に追いやるには充分過ぎる威力を発揮した。
「私を、喰らう為に……連れて来たのでしょう?それなのに、名前を知ったところで、それは意味が無いのでは……?」
桜の眼はもう、生気を失い掛けていた。こんな私を食べた所で、美味しくは無いと思いますが……と自嘲する。
ショックだった。
まさか、そんな誤解を招いていたなんて。ただ、愛する貴女に側に居て欲しかった。
それだけだったのに。
「違う!貴女を喰らうだなんて、そんな身の毛もよだつ恐ろしい事を何故っ」
「……」
その端正な顔を、考えたくもない誤解をさせていた事に蒼白させ、避けられるのでは、との恐怖も忘れて桜の椅子へと飛び付く。
避けようにも、彼女はもう動く力さえ殆ど残っては居なかったのだが。
「……私をどうする、おつもりですか。喰らうのではないのなら……珍しい人間の私を、弄ぶ道具にするつもりですか……」
「違う、違う!!
弄ぶなど……っ、喰らうつもりも無いっ。そんな為に連れて来たのでは無いのに!何故、そんな恐ろしい事を言うのですか」
「……」
弱々しくも、きゅっと唇を結び……初めて、桜はイグレーンを見据えた。
「私を、母の元へ……帰らせて下さい。あの日の数日後、私は、祝言を挙げる予定でした」