死期を仄めかして
イグレーンの心配は空回りするだけだった。
この国から逃げられないのだと悟った桜は、窓際の椅子に座り、真っ暗な窓の外を眺めて居るばかり。
部屋の扉をずっと解錠したままでも、彼女はもう逃げようともしなかった。
何日経とうと、その椅子から動く気配すら無いのだ。
イグレーンは心配で気が狂いそうになっていた。が、彼は皇子である。ただ飾りだけの地位では無い。
皇子としての公務が待っている為、部屋を離れざるを得ない。その間に彼女が何処かへ消えやしないか、死にはしないかと気が気ではなかったのだ。
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「……名前を、教えて下さい。お互い、名前だけでも知っておいた方が……」
食事どころか水さえも拒む桜は、その華奢な身体を弱らせていく。彼にとってはとても細い四肢は、更に細く色白になっていった。
見ていられなくて、近寄れば自分まで拒絶されそうで。それだけは耐えられないが、決心してそっと話し掛ける。
「……」
「私は、ずっと貴女と呼ばなくてはいけないのでしょうか」
「名前なんて……すぐ、意味が無くなるでしょう。私の名前を、知ってどうするのですか……」
「?!
そ、それはどういう意味ですか?意味が無くなるとは一体……」
まさか、既に死期が近付いているとでも言いたいのか?そんな、そんな事……っ。