すれ違い
“これで許してはいただけませんか”
その言葉に、そっと視線を上げた桜。だがそれでもやや透けている為、恥ずかしさと見てはいけないものを見てしまった様な背徳感に見舞われて、ぱっとまた顔を俯けてしまった。
その顔は赤みを帯びている。
イグレーンはそんな桜の様子にふっと微笑むと、思い付いた様に提案を申し出た。
「お腹は減っていませんか。食事を持って来させます」
彼はただ単に桜を気遣っただけだったのだが、彼女ははっとしたように表情を一変させた。
「け、結構です。……どうぞ、お気遣い無く……」
そして何故か微かに怯えの混じった色を見せ、ずるずると自分から遠ざかって行く。
「え、な、何故?」
やっと少し近付けたと思ったのに。
皇子の困惑、桜の怯え。
桜は、不意に思い出したのだ。幼い頃、母から聞かされていた話を。
“海の遠く深く、暗い所にはね……恐ろしい生き物が住んでいるの。その生き物は、私達人間が大好物というとても恐ろしいもの。甘い言葉でその人を丸め込み、捕らえた人を太らせて、その後に食べてしまうのよ。
だからこの海の、あの色が違って見える深い所には行ってはいけない。絶対に”
「まだ何も食べてはいないでしょう?空腹なのではありませんか」
私も食事を摂るつもりですし、と言っても、桜は首を振るばかりだ。
桜が皇国に来て二日。彼女はその間、何も口にしてはいない。だからこそ、皇子は桜の身が心配で尋ねたのだ。
軟化し始めていた態度を急変させた桜に、皇子は頭を抱えた。
何を言っても聞き入れては貰えない。近付けば更に遠ざかろうとする。これでは打つ手が無い。
私は、貴女が心配なだけなのに。愛する貴女に、笑って欲しいだけなのに……。