服の有無
「……私を、見ては貰えないのですか?」
同じ部屋の中で、同じ寝台に座っているのにこんなにも桜が遠い。それは悲しみの色となって言葉に現れた。
「……」
「……」
重い沈黙が横たわる。
女が男の前で肌を見せるのは、はしたないと度々言い聞かされて育ってきた。
それはその逆も然り。勿論漁など仕方が無い時は良いのだが、それ意外で肌を見せるのはやはり良くない事だとされてきたのだ。
それが許婚、夫や妻の間柄なら問題は無いのだが……。
これは桜は、いや彼女だけではない、妹の澪や村の娘達全員に言えることだった。
「………お召し物を、お召しになっていらっしゃいません。私は、特別な間柄の方以外の、その……」
語尾はもう何を言っているのか分からなかったが、皇子は漸く自分を見てもらえない理由を理解した。
彼女は、私が“服”というものを着ていないから見てはくれないのか。
とは言え、自分達人魚は人間が身に付けているような服はそもそも着ない。更に言うならば、服などこの国には存在しないのだ。
薄く透けるような幅広の帯のような物なら有る。
仕方が無いので、それの中で一番厚手の物を臣下に持って来させた。それでもやや透けているのだが。
「私の国には、貴女が身に付けているような服は存在しません。……なので、これで許してはいただけませんか」
古代ローマのヒマティオンを羽織る様に、右肩と右腕を出した形で胴と左肩に布を巻き付ける。
それは宛ら、古代ローマ人のようであった。