未知なる事実
声のする方に見えるのは、どう見ても魚の鱗。それを纏った……魚の胴体のようなもの?
それにしては巨大過ぎる気がする。しかも、喋った……?
魚が言葉を話すはずがないのに。
口の中がからからに乾き、息がし辛い状態で、再び流れる寸前だった涙も引っ込んでしまう。
「……」
「……」
緩慢に瞬きを繰り返し、恐る恐る視線を上に上げていく桜の瞳に映ったのは、見たことも聞いたことない生物。
この時代、まだ世界が途轍もなく広く、日本がどれだけ小さな島国なのかすら分からない日本では、勿論人魚など想像すら出来ない人が殆ど。
おどろおどろしい妖怪や化物が悪さをする、と言った話を聞き、子供への脅しに使われる程度だった。
特に桜や大吉の村は海沿いの過疎地の集落。架空の化物の話ぐらいしか知らないのである。
桜は悲鳴を上げるでも無く、逃げ出そうとする訳でも無く、呆然自失状態になってしまっていた。
目の前に居るのは裸体の男であり、しかもその下半身は魚の鱗に包まれ尾まで有る。
男でありながら自分より長い髪を持っているだけでなく、その髪は高価な銀貨と同じ白銀の色という事実。
未知なる現実を一度に受けてしまった彼女の脳は、許容量を超えて強制終了を選択してしまったのだ。