皇国の掟
「何ということをしたのだ……!お前は掟を破るのかっ」
「父上、私は何度も申し上げました。これ以上、忍耐が保たなかったのです」
「これは由々しきことなのだぞっ。よりにもよって、人間の娘を連れて来るとは!」
穏やかな男声と、荒々しく重みのある声。
人間の娘、との怒声に、びくっと桜はその身を震えさせた。その声音には忌々しさが有り有りと滲み出ている。
思わず寝台の影に隠れたが、一体何がどうなってこの状況になっているのか、皆目見当もつかない。
どんどん近付いてくる言い争う声。不意に止み、彼女が恐る恐る扉を見やった直後。
カチャリ、と解錠音と共に扉が開いた。
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桜を自身の皇国へ連れ帰った人魚の彼は、自室の寝台へと彼女を横たわらせ、愛おしげに眺めた。
ところがすぐ、父から呼び出しを受けたのだ。玉間へと赴けば、そこには憮然とした父が自分を見据えて居た。
「イグレーンよ……お前、“人間”を連れて帰って来たとは本当の事か」
どうやら父側に仕える者が、見ていたらしい。彼は内心溜息を零した。
「答えよ。その様な愚かな真似をしたというのは真か?」
我が皇国に君臨する、父王の言葉には苛立ちが見て取れる。
桜を自国まで連れて来た彼、イグレーン皇子は冷静に言葉を返した。だが確かに、姿を見られてはならぬ掟を破った事には変わりはない。
そもそも皇子である彼が、その掟を知らぬはずは無いのだ。