美少女の小さな夢を叶える
”閉店後にぼくとお話をしてくれませんか?”
まことがとても申し訳なさそうな顔で、スケッチブックにそう書いて俺に見せる。
俺は唖然としながら頷いた。
俺は衝撃を受けていた。
何に?
この子がボクっ娘だったことにだ!
確かにそれを示唆するような特徴はあった。
健康的な顔立ち
ポニーテール
そして俺の行動に腹を抱えて笑っていたあの快活さ!
俺は見誤っていたのだ。
初めて店に来たとき、彼女は”私がウェイトレスを務めています”と書いていた。
だがウェイトレスは客商売だ、会話は全て敬語でやりとりする。
俺だって普段上司と会話する時は、自分のことを”私”と呼ぶ。
俺は何十回とこのレストランに来てまことと話をしていながら、彼女のことを何もわかっちゃいなかったのだ。
だが俺は衝撃と同時に確かな高揚を覚えている。
可愛い女の子からのお誘いだ、嬉しくないはずがない。
それに俺は、ボクっ娘好きなのだ。
俺は、まことの俺内ランキングが急上昇するのを感じていた。
客が一人、また一人と帰り、店には俺と姉妹の3人になる。
時刻は夜9時少し前。
まことが小さなメモ帳を持って俺の向かいの席に座る。
俺は合わせて4杯目となるコーヒーを啜る。
ちらと調理場を見る、姉のたえちゃんはまだ調理器具の片づけを行っていようだ。
PMでまことに尋ねる
「(まだ仕事が残っているようだけど)」
まことは手慣れた様子でさらさらと文章を書き俺に見せる。
”待たせるのも悪いと思って押し付けてきちゃいました”
俺は再度たえちゃんを見る。
彼女は俺の視線に気づき、にこりと笑って軽く頭を下げる。
妹をお願いしますということだろう、仲の良いことだ。
「(話が聞きたいらしいけど、何が聞きたいんだ?)」
”ぼく、耳もこんなだし、いつもお店で働いてるから世の中に疎いんだ、だからあなたの身の上話が聞きたい”
誰だ、病弱かつボクっ娘などという凶悪な組み合わせを思いついたのは。
涙腺が崩壊しそうです。
俺は考える振りをしながら指で目と目の間を押さえる羽目に陥った。
身の上話と言っても俺には異世界での思い出は半日分ぐらいしか無い。
え、4話分ぐらい話せるだろって? あんな教育に悪い話、こんな子に話せないっすわー。
さて、FQ17は世界初のVRMMOであり、実は様々な試みがなされている。
FQシリーズはもともとRPGであったのでメインはRPGなのだが、ADVやSLGの要素も大量に導入されていた。
小さな女の子にRPGの血生臭い話も似合わない。
俺はFQ17で3番目に力を注がれている要素について話すことにした。
料理と食事である。
”(いつもここで働いているってことは、旅行とかもしたことないんだろ。じゃあ色んな地域の料理の話をしてやろう。)”
FQ17では、現実世界の食材は全てモンスターに代替されている。
そして現実世界には無い食材も存在する、代表的なのがドラゴンの肉である。
俺は二度食べたことがあるが、一度目に食べたドラゴンの肉を焼いただけの料理は酷かった。
味が悪いのかって? 違う、噛みちぎれないんだ。
ドラゴンの肉は剣も通さない、俺は一日中ひとかけらの肉を噛み続ける羽目になった。
だが、二度目に食べた調理したドラゴンの肉は・・・筆舌に尽くしがたい味だった。
調理の都合上、肉は10センチぐらいの馬鹿でかい立方体になっているんだが、ナイフがスッと通るぐらい柔らかい。
ナイフで切った肉をそのまま口に近づけると、入れる前から口にだ液があふれ出してくる。
そのだ液を飲み込んでから肉を口にすると、なんといえば正しく表現できるのか、旨味が押し寄せてくるとでも言おうか。
俺は更に溢れ出すだ液で、もう肉を飲み込むしかなかった。
名残惜しくも肉を胃に送ってやると、ぐぅと腹の音が鳴って、体中が燃え上がるように熱くなる。
胃が、体中が、もっと寄越せと叫ぶ。
実はこの肉を食べたのはとあるパーティの時で、このドラゴンの肉は特別試供品として作って貰った奴だったが、参加者が100人ぐらいいて10センチ四方の塊一つだったから一人あたり1、2口分しかなかった。
俺はどうしてももう一口食べたくて、肉のところに戻ろうとしたんだが、もう後の祭りだったのだ。
あれは・・・悲しかった。
俺はドラゴン肉の話や中華料理、イタリア料理に色んな国の郷土料理、様々な話を脚色しつつ話してやった。
彼女は不味そうな料理のときは嫌そうな顔を、美味しそうな料理の時には眼をきらきらさせて聞き入っていた。
何十回とこの店に通った俺にとって、初めて見る彼女の表情だった。
「(でな、この国の飯がすっげー不味くて、で、その国出身の友達に”お前の国の飯不味くない?”って聞いたんだよ、そしたら)」
ごーん、ごーん。
12時を告げる時計の音が流れる、まことには聞こえないはずだが空気の振動で気づいたのか時計を見る。
彼女の顔がやってしまった、と言った顔に変わる。
俺は茶化すように告げる。
「(少し話し過ぎたな。もう子供はとっくに寝る時間だ、俺もお暇させてもらおう)」
そう伝えると、彼女はすぐに顔を笑顔にして文字を書く
”今日は忙しいのにありがとう、筆談じゃなくても長話は大変だったよね、何かお礼がしたいのだけど”
美少女からのお礼、エルメスのティーセットでも貰うべきだろうか。
馬鹿なことを考えるが、彼女の言葉を見直して、気付いてしまった。
筆談じゃなくても
俺は口と目を真一文字に閉じる。
まことからメモ帳を奪い文字を書く。
”明日も、君に話がしたい。それをお礼にさせてくれ”
まことの顔に困惑が浮かぶ、何故それがお礼になるのかがわからないのだろう。
彼女の反応を意図的に無視する、食事代の金貨を1枚置き席を立つ。
たえちゃんとまことの視線が俺を追う。
俺は入り口の扉を開けて、鼻をすする。
振り向きながら姉妹に向かって軽く礼をして彼女たちの表情を見る。
まことはぽかんとしたままだった、たえちゃんはにっこりと笑っていた。
がちゃりと音をたて、扉は閉まる。
俺は足早でかえでに向かう。
なんでまことは俺に話を聞きたかったんだ?
俺が彼女に直接話しかけられるからだろう。
だけど直接話しかけなくても、筆談で会話ぐらいできるじゃないか。
かえでの扉を乱暴に開き、階段をあがる。
彼女は書いた、”筆談じゃなくても長話は大変だったよね”
筆談同士で長話なんてできない、先に手が疲れてしまう。
一番奥の部屋まで突き進み、ドアを開けてベッドにどさっと体を預ける。
ベッドに顔をうずめる。
「そんなの、思いつきもしなかった」
彼女は、耳が聞こえないために、俺のつまらない話にさえ聞き入ってしまうような人生を送っているのだ。
最後に俺が筆談をした理由を、濡れたシーツだけが物語っていた。