肉にありつく
”お待ちの間に緑茶や黒茶などはいかがでしょうか”
まことがこちらに歩いてきて、スケッチブックを見せて尋ねる。
FQ17で言う黒茶とはコーヒーのことである。
サナトリウムは注文が出てから調理を始めるので、料理が出るのにゆうに20分はかかる。
そのため黒茶や緑茶の無料サービスをしているのだ。
俺はいつものように黒茶を指差す。
まことがお辞儀をして、調理場に戻っていく。
この静謐な雰囲気は上等な喫茶店に近いものがある。
レストランとして食事も楽しめて、食事が出るまでは喫茶店としても楽しめる。
喫茶店で恥ずかしげもなくラノベを読んでいた俺にとっては夢のような場所である。
まことがコーヒーとミルクカップ、角砂糖の入った器をテーブルまで持ってくる。
俺が礼をすると、まこともお辞儀をして調理場に戻っていった。
さて、お待ちかねの黒茶である。
まずは香りを楽しむ。
良い香りだ、丁寧に挽いたのだろう、黒茶の芳醇な香りが立っている。
一口すする。
「このまろみ・・・・・・そして、このまろみ・・・・・・」
思わずぼそりと独り言が出る。
強い苦味と少しの酸味、だが正直空きっ腹にはきつい。
俺は角砂糖を一欠片、カップに入れる。
スプーンでかき混ぜると、カップとスプーンがぶつかり、からんからんと音がする。
ソーサーにスプーンをたてかけ、再度黒茶をすする。
まだ少し苦い。
黒茶は時には苦かったり渋く思うこともある。
だがこの苦味もまた良いものだ、もう少しこの味を楽しむことにしよう。
異世界にきて丸1日が過ぎようとしている。
後は夕飯を食べて寝るだけだ。
そろそろ黒茶をすすりながら再度情報の整理をする。
俺はFQ17そっくりの異世界に飛ばされてしまった。
この世界はVRMMOで作られたFQ17の世界より現実的で、NPCプレイヤー達は自由意思で動き回るようになっている。
今は元の世界に戻る手段はない。
だから異世界生活を楽しむことにする。
基本的には女の子追っかけてハーレムを作ったり、人助けしていい気分に浸ったりしよう。
俺はもう一つ角砂糖を取り、黒茶に入れスプーンでかき混ぜる。
そういえばGMの仕事を続けるんだった。
GMの仕事はスタック解除やセクハラ、RMT、詐欺、MPKの摘発など。
おそらくこの世界にはスタック解除、RMTは無い。
代わりにセクハラ、詐欺、MPKは積極的に摘発していこう、特に女の子が被害者の時は。
黒茶をスプーンでかき混ぜ渦を作る。
渦が消えないうちにミルクを入れる。
ミルクが黒茶の中を渦状に広がっていく。
一口飲む。
「このまろみ・・・・・・そして、このまろみ・・・・・・」
FQ17には男女問わず沢山の美形NPCがいる。
世界中を回って可愛い女の子達と交流を深める必要がある。
最終的には全女性NPCを制覇するとして、まずはどこから行こうか。
黒茶カップをぐいっと倒し、黒茶を飲み干す。
ちらとまことを見る、とてとてと歩きながら忙しそうに給事をしている。
この店はお代わり自由だが、今はおかわり出来なさそうだ。
最寄りの大きな都市はラグナ王国の首都ラグナだ。
え?首都名と王国名が一緒だとわかりにくい?
でも県庁所在地の市名と県名が一緒の方が覚えやすいだろ?
閑話休題
ラグナ城には俺内人気投票5位のアコたんが居る。
まずはアコたん攻略を目指して頑張ろうか。
アコたんは普段ラグナ周辺に広がる霧の森で辻ヒールをしてレベル上げをしている。
彼女のヒールスキルが10レベルを越えると彼女に関わる連続クエストが始まるのだ。
他に姫様と出会う伝手など無いことだし、とりあえずFQ17でのクエスト通りに話を進めることにしよう。
丁度考えがまとまった頃、まことが料理を持ってきてくれた。
”こちらは日替わりセットとなります。”
俺はテーブルの上を片付ける。
まことが料理ののったお盆をテーブルに置く。
ブラックラビットの香草焼きに付け合わせのニンジンとポテト、また別皿にごはんがのっている、これは美味そうだ。
まことがお辞儀をして調理場に戻っていくが、俺はもう夕食に夢中になっていた。
花より団子である。
フォークとナイフを手にもち、フォークを指して肉を切り分ける。
肉汁が溢れだす、切り分けた肉をソースとからめて一口。
じんわりと舌に辛味が走る、マスタードを使ったソースのようだ。
肉を噛み締める、口の中でも肉汁が染み出す。
何度も噛む、旨味を凝縮した肉汁がマスタードソースと絡み合う。
名残惜しいと思いながら飲み込む、ほのかな辛味が口に残る。
美味い。
肉とごはんを交互に口にする、空腹だったこともあり瞬く間に食べ終えてしまった。
一口水を飲む、まだ足りない、もっとタベタイ。
俺が飢えた獣のような目をしていると、苦笑いをしながらまことが月替わりセットを持ってきてくれた。
ケンタロスのステーキである、醤油おろしソースがかかっている。
先程同様に肉をソースとからめて口に入れる。
さっぱりとしたおろし醤油の味は、大人二人分の夕食であるにも関わらず俺の手を止めさせてくれなかった。
ふぅ、と一つ息を吐く。
少し食い過ぎたか、腹がパンパンだ。
まことが小さな器と黒茶のおかわりをテーブルに持ってくる。
”食後のデザート、オレンジのシャーベットです。”
これは嬉しい、食い過ぎの腹には爽やかな酸味がよく合う。
まことが黒茶のおかわりを注いでくれる、至れり尽くせりである。
俺はシャーベットと黒茶を楽しみながら食後のティータイムを楽しんだ。
相も変わらずこの店は、素晴らしい。