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レストランを楽しむ

「ふう、散々な目に遭った」


 とぼとぼと歩きながら先ほどのことを思いだし、ため息をつく。

 俺の気分と同じように陽も沈んでいく。

 どう考えても散々な目にあったのはレベル1デスやGMソードで光になった人達である。


「歩く気分でも無くなったし、場所指定でメイプルに飛んで休もう」




 というわけで一瞬でメイプルの町に来た俺は、まず宿をとることにした。

 メイプルには美少女の姉妹が二人で切り盛りする”サナトリウム”というレストランがあり、俺はそれを目当てに食堂の向かいの宿をとることにした。


「宿屋かえで、ここに来るのも久しぶりだなぁ」


 メイプルは普通にFQ17をプレイすると、天界近くということもあり中盤になって来ることになる町だ。

 ラグナ王国に属しているこの町は、名物といっても先の美少女姉妹ぐらいなもので、一般人はゲートへの中継点として通るだけだ。

 しかし、俺のようなオンナスキーにとっては重要な町であり、夜にメイプルに来てはサナトリウムで夕食をとり、かえでで寝て朝食をとってから飛び回るというのが定番となっていた。

 ちなみにサナトリウムは子供二人で経営していることもあり15時ー21時までと短い営業時間なので、朝・昼食には向いていない。

 今が18時ぐらいなので、宿をとって荷物を置いたら夕食にちょうど良い時間だ。

 俺は宿屋かえでの扉をバァーンと開ける。


「おばちゃーん、宿借りたいんだけどー」


「あいよー、何日借りるんだい?」


「とりあえず1週間かな、大金貨で、釣りはいらんよ」


「あれま、豪気だねぇ、はい鍵、2回の一番奥ね」


さて、ツーカーなおばちゃんと俺、まあFQ17時代に何度となくやったやり取りであるから当然だ。

宿屋かえではこのきっぷも恰幅も良い割烹着のおばちゃんが仕切っている。

 なお、FQ17の貨幣価値は基本的には銅貨1枚が1円ぐらいで、大銅貨が10円、銀貨が100円、大銀貨が1000円、大金貨が10万円、大白金貨が1000万となっている、分かりやすいね!

 かえでの宿代は大体3000ぐらいだから、7日間2万強しかかからないのに10万も出して釣りは要らねえなんて言ったことになる、そいつは豪気だ。

 だが高い金を払った分だけ一番良い部屋を案内してくれるから構わない、そもそも金には困っていない。

 説明しゅうりょー


 定位置である2階の一番奥の部屋に入り、暑苦しいGMの鎧を脱ぐ。

 FQ17時代は蒸れるなんていう機能は無かったが、異世界になったことで現実の面倒な所が浮き彫りになる。


 これは、干さないと臭いがやばい。


そう考えた俺は、ゲーム時代は使っていなかった宿屋に備え付けの鎧置きで鎧を干すことにした。




「以外と手間取ったな」


 慣れない鎧干しの作業が難航し、既に時刻は19時となっていた。

 サナトリウムは結構な人気店だ、時間によっては入れないこともある。

 俺は早足でサナトリウムに向かった。


 扉を開けると、お店はほぼ満席だった。

 これは入れないかもしれないなぁ、と考えていると、黒眼で黒髪のポニーテールの活発そうな女の子がとてとてと歩み寄ってきてにっこりと笑いかけてくる。

 俺の顔も思わずにやけてしまう。

 ろ、ロリコンじゃない、ロリコンじゃないんだからな!

 女の子は手に持っているスケッチブックを見せる。


”当店では私がウェイトレスを勤めております。耳が聞こえないのでご不便があるかと思いますが、何卒ご了承ください。”


 俺は少し狼狽したが、すぐに建て直し、微笑みながら大きく口の形をつくり小声で言う。


「わかりました」


 彼女は嬉しそうに頷き、スケッチブックのページをめくる。


”お席にご案内致します”


 俺が女の子に対してどこぞの弁護士のように大きく頷く。

 女の子は歩いて俺を先導し、唯一空いていた席、入口から見て一番右奥の2人掛けの席へ案内してくれた。

 俺は先ほど同様に口の形を作りながら


「ありがとう」


と小さく声に出す。

女の子はまたにっこりと笑ってお辞儀をし


”メニューを持って参りますので少々お待ちください”


と書いたページを見せ、調理場の方へ入っていった。


 この黒髪を黄色いリボンでポニーテールにまとめている女の子が美少女姉妹の妹の方、まことだ。

 彼女は先天的に耳が聞こえず、声も出すことができない。

 そのためスケッチブックを使って筆談をしている。

 俺がFQ17で遊んでいた時に、もう数十回も店に食べに来ているのでここでの作法も慣れたものだ。

 だがまことが俺のことを知らないかのように、初めてのお客用のスケッチブックのページを見せたので、この世界ではその情報はすっかり消去されているようだ。

 かえでのおばちゃんが余りにもツーカーだったので全く予想していなかった。

そういやアイレスも俺のこと覚えてなかったなぁ。



まことが調理場からメニューと水を持って来てくれる。

水とメニューをテーブルに置くと、スケッチブックを出す。


”当店では日替わりセットと週替わりセットをご用意しております。ご注文を指差し下さい。”


 日替わりセットはブラックラビットの香草焼きで、週替わりセットはケンタロスのステーキだ。

 どちらもそそるメニューである、しかしどちらかを選ばねばならない。

 いやまて、俺は今日昼飯を抜いているのだ。

 腹がぐぅとなる。

 二兎を追うものは一兎をも得ないと言うが、二兎を追わなければ二兎を得ることはできないのだ。


 俺は意を決し、両手の人差し指でそれぞれ日替わりと週替わりを指差す。

 まことはきょとんとした顔をする、が、意味が分かったのか息を吹き出し、お腹をおさえながらからからと笑う、俺は苦笑いする、他の客が俺の方に視線を向ける。


 少し経って笑いが収まると、まことは俺に何度もぺこぺこと謝る。

 俺はいいよいいよと手をふるがまことはその手を見ていない、これでは埒が明かない。

 ふとFQ17のプライベートメッセージ機能、通称PMを思い出す。

 フレンド登録したプレイヤーや、指定キャラに個人的に音声を送る機能である、

 まことを対象にして音声を送る。


「(もしかして聞こえるかい?)」


 まことがびくっと反応し、回りを見回す。

 聞こえているらしい。

 おそらくPMは耳ではなく直接脳に音声を届けているのだろう。

 つまり


『 「(ファミチキ下さい)」「こいつ・・・直接脳内に・・・!」』


 ということである、どういうこっちゃ。


 俺は自分を指さしながら、慌てるまことに声の主を教える。


「(おれおれ、俺だよ俺)」


 指差す俺を見てまことの眼が見開かれる。

 スケッチブックの新しいページを開き、文章を書いて俺に見せる。


”なんで声が聞こえるんですか?”


「(いや、まあちょっとした魔法・・・かな?)」


 本当は魔法でなくプレイヤー標準装備の機能なのであいまいに言ってしまう。

 まことはさらにスケッチブックに書き足しているが、俺はそれを止め


「(あー、お姉さんが睨んでるから質問は後でな、あと注文お願い、日替わりと週替わり一つずつね。)」


 まことはばっと後ろを振り向き、睨み付けている姉を見つける。

 慌てて領収書にさらさらと”日”と”週”と書いて横にそれぞれ”ー”を書き足し、ぴょこんとお辞儀をしてからぱたぱたと調理場へと駆けていった。

 彼女をみているとどうしても顔がにやけてしまう、やはり俺はロリコンなのだろうか。


 手持ち無沙汰になったので店内を見渡す、20人入ればいっぱいになってしまうような小さなレストランだ。

 オープンキッチンになっていて、カウンター席は全て埋まっていた。


 カウンターに座っている客の間からコックの姿が見える。

 さっきまことを睨み付けていた子だ。

 くりくりとした黒眼、ショートヘアーの美少女姉妹の姉の方、名前はたえちゃん。

 たえちゃんは必死に香草焼きとステーキを焼いている。


 耳を澄ませる。

 じゅうじゅうと肉の焼けるよい音がする。

 かちゃかちゃとナイフで肉を切る音がする。

 ひそひそと友人や恋人同士で話をしている。

 まことが出来上がったセットを運ぶ時の建物がきしきしという音がする。


 ウェイトレスが喋れない分だけ、このお店はより静謐で

 それを壊したくないと思える客が、ここには集まる。

 そんな雰囲気が、俺の足をこのレストランに向かせるのだ。

 

 お、女の子がいるから来てる訳じゃないんだからね!

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