異世界にいることに気付く
「のわぁ!」
あほっぽい声を上げながら体を起こす。
慌てて周りを見渡す。
鈴蘭の草原が広がっていて、風がそよそよと鈴蘭を揺らしている。
「あれ? 戻って来とる?」
特に意味もなく方言が混じる。
ほっぺたをつねろうとする。
GMアーマーとセットの兜と小手がぶつかり、がいんっ、と音が鳴る。
「痛くない、なんだ、夢か」
いやまて、その結論はおかしい。
頭の中で自分で突っ込みつつ立ち上がる。
遠くに巨大な宮殿が見える、オーディンの住まう天界最大の宮殿である。
ちなみにFQ17は世界が天界、現世、地獄の3層に分かれており、層の行き来はゲートと呼ばれる装置を介してしか通れないという設定になっている。
「うーん、オーディン宮殿も見えるし、やっぱ元の場所だよなぁ」
俺は腰に手を当て、そよそよと流れる風を心地よく受けながら宮殿を見上げる。
そしてふと気づいた。
「あれ・・・風・・・え、なんで!?」
FQ17の世界では基本的に風は吹かないし、海では潮の満ち引きもない。
流体シミュレーションは膨大な計算量が必要で、世界中でそんな計算をしていたらサーバーの処理能力を数千倍オーバーしてしまうからだ。
風魔法を使えば限定的に風は吹くし、水を触れば波紋が広がるが、バタフライエフェクトのようなことは起きず、遠くまでその影響は及ばない。
再度周りを見渡す、周りに風魔法を使うようなプレイヤーもモンスターもいない。
「ぺろっ、これは・・・異世界トリップ!」
自分の人差し指をひとなめしてから、そんな空想じみたことを言う。
いい加減ボケるのも疲れたので、ふぅ、とひとつため息をついてからログアウトしようとする。
「ログアウト」
なにも起きない。
嫌な予感がする、俺はニュースで見た写真を思い出す。
音声入力が苦手な人のために準備されている、ボタンでのログアウトをしようとメニューを開く。
「あ・・・ログアウトボタン、無い」
統括サーバーに手を出した企業スパイの末路の噂。
俺がかけられた嫌疑。
そしてリードGMの脅し文句。
身体中から脂汗が染みでる。
「ろ、ログアウト!・・・ロ、グ、ア、ウ、ト、ログアウト!」
何も起きない。
蒸し蒸しする兜を外し、投げ捨て、俺は叫び続ける。
「ログアウト! ログアウトだ! くそっ、なんで・・・ログアウトぉ!」
しばらくの間、ログアウトと叫び続けたが、やはり何も起きてはくれなかった。
「くっそ、何で、何でこんなことに・・・」
汗でべっちょり濡れた小手を外し、仰向けに体を倒しながら顔を手で覆い、呟く。
手が塩水で濡れる。
がばっと体を起こし
「泣いてない、泣いてないもんね!」
誰にともなく強がる、虚しい。
しばらく項垂れていると、バサッバサッ、という音が聞こえた。
どんどん近づいてくる。
しかし、俺にはそれを気にする余裕はなかった。
音がすぐ近くまで近づいてくる。
「ここら辺で、なにやら叫び声が聞こえたのだが」
澄んだ女性の声が聞こえる。
俺は声のした方を見た。
真っ白な翼、空色の鎧、青みがかった銀色の髪。
NPCキャラの戦乙女だ、名前は
「アイレス」
思わず声に出る。
「何者だ!」
アイレスが素早く剣を抜き、周囲を警戒する。
何故だか俺には気づかないようだ。
だが、俺がさっき投げた兜に気付き、彼女は兜を手に取る。
「・・・これは」
なんかそのまま持ってかれてしまいそうだ。
「人のものを取るのは、泥棒!」
彼女に注意する。
いつもの調子が戻ってきた気がする。
彼女はびくりと反応し、再度周りを見渡す。
「誰だ、いい加減姿を表せ!」
そう言われましても、と思っていると、GMの存在隠蔽機能をONにしたままであることを思いだした。
GMは仕事柄、姿を見せない方が良いことが何かと多いのだ。
GM用メニューから隠蔽機能をOFFにする。
瞬間、アイレスは俺から飛び退き、こちらに剣を向ける。
「貴様、一体何者だ。どこから現れた。」
「いや、そんな事言われても、うち、ただのGMやし」
首をかしげて可愛らしく言ってみる。
当然全く可愛くはない。
アイレスの眉間に皺が寄る。
「私を侮辱しているのか」
アイレスが俺を睨み付ける、ちょっと怖い。
「すまない、ちょっと動揺していたんだ」
俺は素直に謝る、屈したんじゃない、非を認めただけだ。
俺が謝ると、アイレスは少しほっとした顔をした。
「とりあえず、話は通じるようだな、名前は・・・いや、そもそも何故私の名前を知っている」
彼女が剣を突きつけながら俺に問いかける。
話は通じても脅しは辞めないんだな。
「いや、ほら、天界キャラ人気投票第一位だし」
そうなのだ、彼女はFQ17半公式Wikiの天界人気投票で1位を獲得している。
ちなみに3層総合だと5位と6位を行ったり来たりしているぐらいの任期であるが、そんなことは口に出さない。
人気の理由も口にしない。
沈黙は金なり。
「一体なんだ、その人気投票とは、誰が投票したんだ」
アイレスが俺を訝しむ。
「そりゃもちろん、FQ17のプレイヤー・・・」
と言おうとしたところで気付く、なんでNPCプレイヤーがこんな会話をしてるんだ。
人工AIを搭載したFQ17のネームドNPCは、ある程度自然な会話ができるようになっている。
とは言っても、彼女に関わるイベントや彼女自身のことを聞くと受け答えしてくれるだけであって、こんな風に誰何したりしない。
たしかに、天界人気投票1位を取っているから、彼女に人気投票について聞くと、恥ずかしそうに”応援してくれて、感謝する”などと言ってくれるが、こんな受け答えはしない。
それに普段、彼女は鈴蘭の草原に現れない。
彼女は普段、天界と現世を繋ぐゲートか、オーディンの間に滞在しているのだ。
よって彼女は今、自立行動していると考えられる。
そんなAI、今の技術じゃ作れない。
もしかして、ここがFQ17じゃなくて異世界って・・・マジ?
そう思い至った俺は、不安よりも期待で胸が膨らんでいた。
鈴蘭の草原を、風が撫でていった。