ループ宇宙論、他この世界についての論文
私はたびたび、この世界について深く考えている。
今まで書いてきたことも、ふっとした疑問を忘れないために、書きとどめてきた。
物理学の世界では、完全なるゼロの状態は存在しないという。0.0000・・・・1%でも
可能性があるならば、それは無限の試行回数を経て必ず実現されるということだ。
この世界が存在すること自体が、そのありえないほどの低い確率で存在が発生したわけなのだから。
それがつまるところ、インフレーション理論やら多次元宇宙論なるものへとつながっていると考えられる。私の考えているループ宇宙論も、この発想からきている。ループ宇宙論とは
この宇宙とは、発生と消滅を繰り返すメビウスの輪のようなものだということ。そこには終わりも始まりもない。終わりと始まりという概念がある限り、宇宙の前には何があったか、また宇宙の終わりは?永遠の過去と永遠の未来について、果てない疑問に押しつぶされるだろう。
しかしループ宇宙論、時間も物質もエネルギーも、閉じた輪の中で繰り返されると考えれば合点がいく話なのだ。
時間も空間もエネルギーも物質もひとつだった状態から、世界は分化していった。この世界は分化していき複雑化していく力に支配されている。古来中国でも陰陽一体という考えがあり万物が一つだったことは、科学的根拠なしにしても概念として知識人の間ではうっすらと認識されていたことと思う。
(私は断片的に浮かんだ疑問を無秩序に書き込むため、読みにくい文章になっているがご容赦願いたい。しかしこれは必要なことなのである)我々は人間である。人間は個性がありますね。万人に万人の考えがある。人間の祖先は猿です。猿にも個性があります。しかしそれは人に及ぶものではありません。人よりも狭い範囲の個性です。猿をさらにさかのぼり、哺乳類、爬虫類、魚類、そして原始的生命体へとつながります。途中に昆虫や植物もありますね。さて、昆虫や植物に個性は認められるでしょうか?おそらくほぼないでしょう。ハチは皆、ハニカム構造の巣を作ります、個性は在りません。進化の歴史をさかのぼるにつれて単純化していき、個性も埋没化していきます。原始の生命体は、38億年前の地球の海で発生しました。リン酸や脂質、たんぱく質などの物質が相互に作用しあって、生命体という構造をシステムを作り出したのです。ウイルスが関わっていたとも言われています。ウイルスは生命体に寄生しないと生きられないのですが、生命体が先にあったのか、ウイルスが先にあったのかなぞです。さて、物質の挙動に個性はあるでしょうか。原始の周りを電子がぐるぐるまわる、これに物質ごとに差異があるかどうか、それが個性につながるでしょう。おそらくほぼないのでしょうが、ごく微々たるところに個性があると思います。そして物質にもごく微々たる意思が存在しているのです。それは我々のいうところの意思とはかけ離れていると思いますが、この世のありとあらゆる物質は、この世界にとどまりたいという意思があると思います。物質がもっとも安定した形態をとりたがるのはそのためでしょう。たとえば、ありとあらゆる物質は、たいてい丸いです。星も丸いですし、水も表面張力で丸くなります、原始も丸い。もっとも安定した形です。おそらくこの世界に長くとどまりたいという万物の意思が生命体というシステムを作り出したのでしょう。それがDNAです。このDNAは永遠の連鎖を生み出しました。物質は物資として永遠に存在しますが、そこに進化はありません。原書の物質(水素核、ヘリウム核)から分化(進化)していき、ある程度でそろったあとは、止まってしまったのです。しかしこの世界はとどまることは許されません。必ず複雑化していきます、それが生命体であり、そして人間につながりました。しかしこれもループする世界の中の一端であり、終わりと始まりを繰り返す(終わりも始まりもないのですが)まるで万華鏡が作り出す世界。有限の中の無限。この世界は所詮、一枚絵の世界であり、変化があるように見えて、変化はないのです。ビデオの映像が何度再生しても同じ映像を繰り返すのと同じです。動いているように見えるますが(動いてますが)それを構成する一枚一枚の絵に変化はない。我々の世界もまた同じ。