異形の愛
昨日から一晩でやっつけで書いたんで、クオリティは低めと思われ。
それでもよければどうぞ、
松坂雪子がどんな人間かと聞かれた場合、大多数の人間は容姿端麗や頭脳明晰といったプラスの評価が即座に帰ってくる。
岸辺章太郎もまた、彼女に対しては万能の一言しか思っていなかったし、まさか自分がそんな才色兼備な女と付き合うことになるとは微塵も思っていなかった。
告白された際には激しく驚き、断る理由があるはずもなく、当然二つ返事で了解し、交際が始まった。
それまで女性経験が一切なかったため章太郎は浮かれていた。毎日が薔薇色とでもいうような生活である。
だが、そんな生活も一ヶ月ほどだった頃に転調を起こすことになる。
どういう訳か、章太郎から人が離れて行き始めた。
事情を聞こうにも、その前に誰もが近寄らない。こちらから行こうにも、皆が離れる。
違和感と孤独感は高まる一方ではあったが、雪子は常に離れなかったため、気は紛れた。何より楽しかったのだろう。
それからしばらくして、章太郎にとって事態は更なる悪化を辿る。
メールの頻度が増えた。
最初は別に平気だった。しかし次第に二時間に一通。一時間に一通。三十分、十五分。とうとう五分に一通。
やめてほしい、とは頼んだ。しかし、何度頼んでも雪子が泣き出して章太郎が謝って終わってしまう。結局、そこはまったく改善されないまま。
それから、ただ家の前にいるようになった。
インターホンを鳴らす訳でもなく、入ってくる訳でもなく、ただ玄関の前に立っている。
結局、それらが更に悪化。周りから人が消えたことも、雪子の嫌がらせが原因だと判明。
章太郎はとうとう別れを切り出した。
しかし、雪子がそれを飲むはずもなく、毎回のように泣き出し、章太郎もどうしたらいいかわからず。
困り果てた末に。
『しばらく旅に出ます。探さないでください』
章太郎はおよそ一ヶ月間失踪することにした。
そして迎えた一ヶ月後。
章太郎は無事に元の生活を取り戻していた。
束縛されることもなく、自由気ままに友達と遊べる。こんなにも素晴らしいこととは。章太郎は幸せだった。
しかし、いつまでも清々しい気分ではいられなかった。
いつものように友達とゲームセンターに寄った帰り道。何気なく言われたその一言。そこから始まった。
「お前さ、とんでもない女と付き合ってたよな」
「やめてくれよ、忘れたいんだから…」
「いやぁ、にしてもあんなに超美人なのにねぇ」
「まさかあんなにヤンデレみたいな人だとはな」
「俺自身ビックリだよ…五分に一回メールって信じられるか?」
「うわ、それは嫌だな」
「でもさぁ、あんなに美人ならいいんじゃねぇ?かわいいは正義って言うじゃん?」
「モノには限度があるだろ…」
「にしても。あんな美人がもういないんだもんな」
「あっ、お前、バカ」
「は?いないって何?」
「あ、あぁ。なんでもないよホント」
「そう!大学やめたんだってさ!」
「…いつ?」
「先週!」
「先月!」
「おい、嘘ついてるだろ!?本当はなんだよ!?」
「…いや、その…」
「…自殺、しちゃったみたいで…」
「え…」
「じゃ、じゃあ俺達帰るから!」
「じゃあな!」
「お、おい!」
章太郎はこの時、この瞬間には激しい後悔と、とにかく取り返しのつかないことをしたという罪悪感に苛まれた。
もっとも、結局はそれ以上に開放感が大きいのであって、一週間も経たない内に、章太郎はもう忘れていた。
そんなある日のこと。
相変わらず遊び疲れて帰ってきた章太郎は、真っ先に布団に入った。現在午前二時。彼の思考は既に明日の予定と、疲れたということだけ。
当然、疲れた身体はすぐに眠りに落ちた。
ガタン、と大きな物音で章太郎は目を覚ました。音はベランダからしたな、とハッキリしない頭を抱えながら立ち上がり、窓まで歩く。
「何?」
何かが転がっていた。ただ、ハッキリとはわからない。確認のために開こうと、手をかけた。
その時。
バン。
窓を何かが叩いている。何が?
章太郎自身、既に気づいていただろう。
バン。
窓の向こうには、人ならざる何かがいることに。
バン。
咄嗟に鍵をかける。そして恐る恐る電気を付けた。
窓にベッタリついた赤い何か。
長く黒く水気を含んだ髪。
その隙間から覗くのは、目。
「ッ!!」
感じたのは恐怖。唐突に起きた非現実。
目の前には窓をはさんで正体不明の何かが、こちらを見ている。
凝視。そしてパニック。
足がすくむ。
そんな彼を動かしたのは、窓という絶対的な壁を隔てている安心感だった。
「警察っ…」
携帯電話を取り出し、110を押す。
1コール
2コール
「早くかかれよ…!」
こうしている間も、ベランダの何かは絶えず章太郎へ視線を向けている。
3コール
「もし…し」
ノイズのかかった声。しかし聞き覚えがあった。
「章…郎…」
「あ…あ、ぁ…」
怪談のパターンから考えても、その何かの正体はとっくに予想出来ていた。
「雪子…」
「ねぇ、章太郎…さむいよ」
「お、おま…お前、だって!しし、し、死んだはずじゃ…!?」
「章太郎…入れてよ」
バン。
「開けて」
バン。
「ねぇ」
バン。
「開けろぉォぉ!!」
バン!バン!バン!
「や、やめろ…」
バンバンバンバンバンバンバン!
ピシっと嫌な音がして、窓に亀裂が入る。
「うわぁ!!」
逃げなきゃ!逃げなきゃ死ぬ!殺される!
章太郎は本能的にわかっていた。
風呂場に逃げ込み、鍵をかけた。
電話を切り、震える手でアドレス帳を開く。
ふと顔をあげると、目の前の鏡には雪子が写っていた。
「…章太ぁ郎」
「あ、ああぁぁぁっ!!」
飛び出す。玄関も開け、そのまま外へ。
「あ、明人…!」
しかし繋がらない。そして再びノイズ。
「ねぇ…なんで逃げるのぉ?」
「ひぃッ!!」
思わず投げ捨ててしまう。
そのまま当てもなく走る。こんな夜中に逃げ込む場所などない。
曲がり角に長い黒髪。
反対方向へ走る。
再び現れる雪子。逃げ場などどこにもない。
絶叫。とにかく走る。死ぬ。死ぬ。死ぬ。殺される。
窓ガラス。にも映る。そしてそこからズルズルと出てくる。
逃げなきゃ。
川。水辺。水中から現れた。
逃げなきゃ。
「コンビニ!」
この時ほど、24時間営業に感謝する日はないだろう。
自動ドアが開いた先にも雪子が立っていた。
すぐに走り出す。が
マンホールから。
上から。
どこに行っても逃げられない。どこへ行っても雪子が現れる。現在午前三時半。逃げはじめてから一時間になる。
精神的にも肉体的にも、章太郎は限界だった。
彼は走るのをやめた。今立っている十字路は三回目だ。それほど逃げ道がないのである。
正面にある服屋のガラスに雪子が映り、章太郎の前にゆっくりと出てくる。
「ごめん、俺が、悪かったんだ」
逃走を諦めた彼が選んだ方法は、説得だった。
「俺、雪子のこと怖くなっちゃってさ…ホントごめん!」
俯いて歯を食い縛る。どちらにしろ自分はおそらく助からないと章太郎は思っていた。
「その言葉、待ってたんだ」
ハッと顔をあげると、先ほどまでの恐怖の化け物はおらず、生前と、出会った頃の姿の雪子が立っていた。
「私が…悪かったんだよ…ごめんね」
「雪子…」
「でも!これだけは忘れないで!私はそれほどまで章太郎を愛してる!」
確かにそうだ。方法は少し狂気じみていたが、彼女は確かに自分を愛してくれていた。そう思った章太郎の目からは涙が流れていた。
「雪子っ…俺っ…」
「いいの。ありがとう、今まで。…じゃあ、私行くね」
雪子はまっすぐと歩き、章太郎の前に来て。
「またねっ!」
笑顔でそういうと、彼の横を通って後ろに立った。
「最後に一つだけ…いいかな?」
「うん」
「抱きしめてほしいの。後ろから。今の顔…見られたくないんだ」
章太郎は振り返る。背を向ける雪子の肩は震えていた。
「雪―――」
雪子に向かって走り出した彼の叫びは最後まで言葉にならなかった。
「これで、ずーっと一緒だよ」
雪子は笑う。
日の出だ。辺りが徐々に明るくなるに連れ、雪子の姿も薄れていく。
そして誰もいなくなった十字路には、口を開いたマンホールだけが、ただ佇んでいた。