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テリトリープリンセス  作者: リープ
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第9話 「お兄ちゃん、ホントは私……」

 授業も終わり、空が夕焼けに染まり、オレンジ一色に染まる時間。藍子が「プリンセスタイム」と勝手に呼んでいる時間。この時ばかりは裕人のパーソナルスペースも日没までの消滅する。

 今日も肩が触れそうな位置で手を繋ぎながら川縁を歩く二人。最初に口を開いたのは藍子だった。

「裕人君、ちょっといい?」

「どうしたの?」

「あのさ、朝のアレ……止めようと思うんだ」

「アレってコスプレのこと?」

 藍子は黙って頷いた。しばらく藍子を見つめていた裕人は前へ視線を移すと小さく頷いた。


「仁村さんが止めたいって言うんなら良いんじゃないかな」

 やっぱり私次第なんだ……

 藍子は自分から言い出したことなのに少しガッカリした。別に止めて欲しいわけではないのだが、自分が空回りしているように思えたのだ。

 裕人は藍子の気持ちをわかるわけもなく、前を見ながら話を続ける。

「それにさ。僕達このままで良いと思うんだ。夕方、一時間だけでもこうして会えるんだし」

 裕人の言葉を聞いて藍子は彼の顔を見つめた。オレンジに染められて微笑んでいるようにも思えるが、彼女には諦めている様にも見えた。瞬間的に胸に複雑な感情が押し寄せ、藍子は強く手を握った。

「裕人君……それじゃあ駄目だよ」

「ん? なにか言った?」

「なんでもないよ」


 藍子はすぐ近くで裕人がいるだけで幸せだった。確かに裕人の言う通りこのままでも良いのかも知れないと思う。でも、二人が一緒にいられるのは一時の事。この時間だけ楽しみにしても何の解決にもならない。なにより裕人自信が現状で良いなんていって欲しくなかった。

 奥歯をキッとかみ締めると藍子は裕人の前へ立つ。やや首をかしげて不思議そうにする裕人。一文字の口から藍子は意を決して話しかけた。

「あのさ、裕人君のご家族ってなにしてる人?」

「どうしたの急に」

「えっ? ちょっとね。どんな仕事してる人なのかなぁーなんて……」

「今ウチの両親は海外赴任で日本にいないんだ」

「やっぱり!」

「『やっぱり!』って?」

「あわわわ、こっちの話。じゅあ、お姉さんと二人暮しなの?」

「うん。よく知ってるね」


 お姉さんと二人暮らし。それは環の情報ですでに知っていた。付き合って一ヶ月以上たつのに家族構成も知らないとは情けないと思うが、今は背に腹は変えられない。

 藍子は勇気を出して本題を切り出した。

「じゃあ今日、裕人君のお家へ行って良い?」

「ななな、なんで?」

 後ずさりする裕人に藍子は一歩踏み込む。

「お料理を作りたいの……駄目?」

 彼女は環の指示どうり潤んだ瞳を上目遣いで裕人に向ける。裕人は藍子を直視できないようで顔を背けた。

「でももうすぐ一時間経つし……」

「やっぱり裕人君は近づけない私じゃあ……駄目なんだ」

 藍子は環にこの言葉を絶対言うようにいわれていて、実行する。効果はすぐに現れ、裕人は背けていた顔を彼女に向けた。

「そんな事無いよ!!」

「じゃあ、お家に行っても良い?」

「……う、うん」

 裕人は完全に押し切られてしまった。



 貴重な日没までの間に買い物を済ませ、裕人の家に着くと藍子はすぐに料理に取り掛かった。作る料理はカレー。定番である。この時点ですでに日は暮れていたので二人の距離は十メートル。それでも余裕で家の中に二人がいられるところを見ると裕人の家は結構大きめの家である。

「たぶん姉貴はもうすぐ帰ってくると思うよ」

「じゃあ、帰ってきたら挨拶するね」

 同じ家にいるにもかかわらず、二人とも携帯を片手に話をしなくてはならない。裕人は近づくわけにも行かずに居間でテレビを見ていた。結婚してもこんな風に過ごすのかな、なんて藍子は考えながらキッチンで野菜を切っている。



「よし。まずは第一段階終了っと」

 そんな二人のやり取りを探る一つの影。もちろん環である。

 彼女の考えた次の作戦とは料理を作ることではない。料理は作戦の一部でしかなく、環が藍子へ伝えた内容とは……パーソナルスペースを小さくすることである。今日までのコスプレはパーソナルスペースを大きくしてパンクする作戦だった。だが、考えてみればどこまで大きくなるかも分からず、元々環の欲望を満たすための作戦だった。

 そこで今回の作戦は家に住み込めとアドバイスしたのだ。家族になれば自然にパーソナルスペースも小さくなる。接触機会も増える。立浪家は今、姉と裕人の二人暮し。そこへ居候として妹の役割で家に入るのだ。

 名付けて『お兄ちゃん、ホントは私……大作戦!』。


 ……無理である。無謀である。この作戦を持ちかけた時、環は冗談で言ったのだが、あんまり藍子が真剣に聞くものだから引くに引けなくなってしまった。さすがに自分も言った手前、責任を感じて二人のあとをつけ、家の外から双眼鏡片手に様子を見守っているのである。しかし、ただ見ているだけでは嫌なのでデジカメは常に用意していた。萌チャンスは見逃さない。十一月の夜は寒く、白い息を吐き出しながら植え込みの影にひっそりと佇む。自然に愚痴も出てくる。

「しかし外から様子を伺うとは間抜けだな……」

「確かに間抜けね。変質者みたいだもの」

「そうなんだよな、弁解のしようがない……てっ――!」

 環は背後から聞える声にようやく気づいた。


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