第8話 「巫女とシードマスター」
いつも通りの朝。向坂高校の長く緩やかな坂を上る生徒達。皆、一様に寒さと坂道でしかめっ面で歩く……はずだった。二週間前までは。
裕人はいつものように悟と共に登校していた。特に変わらない裕人の日常風景。
「悟、これ、どうにかならないかな?」
「でもねぇ。俺も楽しみだし♪」
「こんなに人がいたんじゃあ、恥ずかしいよ」
「お前が原因なのに恥ずかしがるか?」
いつもと違うのは、裕人の周りを取り囲むように歩く男子生徒達だった。数にして数十人。彼らの目的はただ一つだった。
「裕人く~~~~~~ん」
「キタッ!」
裕人を含め、男子生徒の視線は坂の下に注目が集まる。やがてゆっくりと見えてきたのは手を振る藍子の姿だった。裕人は彼女の姿を見とめると「あっ」と小さく声を上げると、顔が赤くなっていく。
藍子は高校の制服であるブレザー姿ではなく、白衣に千早を上に纏い、緋ばかまをはいた姿はまさしく……
「今日は巫女だよ!! 巫女さんキタ―――――ッ!!」
裕人を取り囲む男子生徒たちは色めきだつ。
メイド姿で藍子が裕人の前にあらわれた事件から二週間。いつのまにか藍子のコスプレ(?)は向坂高校の名物化していた。三日に一度の割合で行なわれ、メイド姿やチャイナドレス、チアリーダーのコスチューム等、主に環の指示によって行なわれた。結果、裕人だけではなく、見物人を増やす結果になってしまったのだ。
速攻で藍子の周りに群がる生徒達。デジカメや携帯電話を向けられ、フラッシュの光りを藍子は浴びた。
「藍子ちゃん! こっちに目線くださ~い!」
「えっ? ちょっとごめんなさい。裕人君に見せないと……」
「うはははっ! いいぞ! 私の指示通りじゃないか!」
「タ、タマちゃん、写真取ってないで手伝ってよ!」
環は男子生徒を押しのけ、写真を撮るのに夢中だった。
人だかりからやや離れて裕人はそれを遠巻きにしか見ることができなかった。二人の距離はおよそ十メートル。さすがにここまで離れ過ぎていると客観的に騒動を眺めているに過ぎなかった。お陰でここ数日間、彼のパーソナルスペースの肥大は十メートルで止まっている。裕人は見ている事しか出来ない状況に苦笑した。
「裕人、そう落ち込むなよ」
「悟、お前……」
裕人は藍子の方には行かず自分の隣に居てくれる友人に感謝する。
「俺はあんな奴等とは違うぜ。俺に……巫女属性は無いっ!」
「あはは……」
拳を作って力説する彦野を見て、一瞬でも友人と思ったことを後悔した。
遠目から眺めていた裕人は制服から携帯電話を取り出すと、発信ボタンを押した。
少し離れた人だかりから着信音が聞こえた。裕人が電話をかけた相手は藍子だった。
『あっ、もしもし、裕人君?』
「おはよう、仁村さん」
『ちょっと待ってて! もうすぐそっちに行くからね!』
「ううん。いいよ別に。巫女姿可愛かったよ」
『え……あ、ありがと』
「それじゃあ、また夕方ね」
『ちょ、ちょっと、待っ――』
裕人は電話をしまうと、人だかりから離れ、校舎へと歩いていった。
「はぁ……今日も収穫なしか」
藍子は校舎に入ると制服に着替え、教室に入る。すぐに環のもとへ向かう。
「タマちゃん、酷いよぉ~」
「あー、待て待て。この画像を見ろよ。ミステリーサークルだってさ。誰が自作自演したんだろ? ……『ソースを示せ』っと」
環はキーボードを叩きながらノートパソコンの画面を見て、藍子を見ようともしない。
藍子は頬を膨らませて、ノートパソコンと環の間に自分の顔を挟む。
「ちょっと、タマちゃん聞いてるの?」
「おぉっ、ミステリーサークルってこの辺の画像らしいぞ! すげー。どこだろ?」
「え? どれどれ」
藍子はまんまと環の罠にかかり、文句を言うことを忘れてしまった。
ノートパソコンには小麦畑の真ん中に小麦が円形に倒されている画像が映し出されていた。
「これってUFOの仕業なんでしょ?」
「未確認飛行物体の存在は否定しないが、これがUFOの仕業だとは思えないがな」
「ふ~ん、そうなの」
「大抵は人の手による悪戯だからな。だが、近所にミステリーサークルがあるなんて知ると、信じてしまうかもしれん。この調子だとあの噂もまんざら嘘と放置しておけないか」
「何?」
「立浪裕人、シードマスター説だ」
「しーどますたー?」
環はノードパソコンを使って、シードマスターに関するウェブページを藍子に見せた。しかし、藍子は読み始めて数秒で眉間にシワを寄せたまま視線を環へ送る。環はため息をついて説明を始めた。
「簡単に説明すると、人類の進化を急激に早めたのは隕石に付着したウイルスだとする説だ。シードマスターとは地球上へ意図的にウイルスを隕石につけた張本人である。種の進化を支配する主みたいな意味だな」
「つまり、隕石に付着したウイルスが人や動物に感染して、結果的に進化しちゃったってこと?」
環は頷くと、藍子を指差した。
「我々は勝手に立浪裕人の結界は体質のせいだと考えている。だがもし、シードマスターとして人類の新しい進化の姿だったら……と考えるとどうだろう」
「それってすごいことなんじゃあ」
「すごいだろうな。まぁ、あくまで推測の域を出ないがな。だいたい藍子のコスプレを見て興奮している程度でシードマスターなんて片腹痛いがな」
環の言葉に藍子は「あっ」と口に出して、用件を思い出した。
「話を誤魔化さないで! 今朝、男子に混ざって写真とってたでしょ! 私はタマちゃんの言うとおり、裕人君のために登校時間わざわざコスプレしてるんだからね!」
「すまん、すまん。で? どうだ結果は?」
すると藍子はうつむいて「んーっ」と鼻を鳴らした。
「最初は良かったんだけど。あのね、もう朝のコスプレ止めようと思うの」
藍子は環に今朝起こった裕人のそっけない態度を話した。
「なるほど。確かに、潮時かも知れんな。私も画像をアップするのに飽きてきたところだ」
「タマちゃん。ま、まさか、それが目的だったの?」
「二週間も気付かんとは……さすが藍子」
「褒め言葉になってない!!」
「褒めてないし」
「むううぅぅっ!」と、ものすごい形相で睨む藍子を見て環はさすがにまずいと思った。大袈裟に咳払いをすると腕組みをして藍子へ自信満々に答えた。
「大丈夫だ。もう次の作戦は考えてある」
「ふーん」
今度はジト目で環を見る藍子。環の背中を冷たい汗が一筋流れた。
「なんだその目は……信用してないな」
「だって……毎日、毎日、恥ずかしい格好させるんだもん」
口を尖らせ少し拗ねた顔をして俯く藍子を環はデジカメで撮りたかったが、今度こそ愛想をつかされる気がして止めた。
「心配するな。今回の作戦は好きな服を着ればいい」
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
新しい作戦に好きな服を着ていいと言っただけで、機嫌が直る藍子を環は単純だなと思いつつ、素直に喜んでくれる態度に気恥ずかしくなる。環はちょっと自慢げに藍子へ作戦の説明をした。




