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テリトリープリンセス  作者: リープ
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第3話 「オレンジな占有的空間領域」

 西日が二人を優しく照らす。川縁を歩く二人を取り囲む全てが水面の反射でオレンジに染まり、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「裕人君。なんか夕暮れっていいよね。私好きだな」

「僕も好きだよ」

「ねぇ、なんで夕日ってオレンジなのかな? 暖かみのある色でなんだか包み込んでくれそうな優しさを持ってるよね」

 まるで裕人君みたいと言いかけて藍子は止めた。あまりにもキザだし、恥ずかしかったからだ。


「夕日がオレンジや赤く見えるのは太陽光の角度が日中に比べて低いから、大気の層が厚くなって波動の短い光りが吸収されるからなんだって」

 裕人君、そこは別に真剣に説明しなくていいよ。藍子は心の中で苦笑した。どうして男の子って真剣に説明してくれるんだろう? 今は雰囲気を大切にしたいだけなのに。もう、裕人君の馬鹿。藍子は急に繋いでいる手を大袈裟に振って裕人を戸惑わせた。

「あー、もうすぐ日が沈んじゃうね」

 何気なく藍子は言ったつもりだった。しかし、裕人には重い言葉となる。

「ごめん。僕の体質のせいで」

「ち、違うよ~。裕人君を責めるつもりで言ったんじゃないよ」

「僕にも原因がよく分からなくて……」

 いつも、この話題になると申し訳なさそうに俯き歩く裕人を藍子はあまり見たくなかった。


 とはいえ、一ヶ月過ごして付き合っているとは程遠い生活に藍子は悩んでいた。

 平日は授業があるので苦にならない。せいぜい今のように夕方の時間だけ一緒に歩いて帰るぐらいだから。

 しかし、土日になると元々彼に近寄れない事実が余計に突きつけられる。デートだってままならない。映画に行っても席を空けないといけないし、食事だってファミレスやレストランなんかでは食べることはできない。せいぜい川辺で大声をあげて話すぐらい。つまり、平日と変わらない。

 それでは考え方を変えて夕方に濃厚な時間を過ごせばいいのでは? となるが、二人とも奥手なので手を繋ぐことで精一杯。まさに蛇の生殺し状態だった。

 これを解消する方法はないのか? 藍子が出した結論は至ってシンプルだった。


「私、決めたよ」

「なにを?」

 大きな瞳を裕人に向ける。夕日によってオレンジになった裕人の顔に笑顔を投げると藍子はゆっくりと告げた。

「裕人君の体質を治すために……戦うね」

「戦う? どうって?」

 裕人が首をかしげていると、藍子は「てってて~」と効果音を口で言いながら、鞄から一枚の紙を取り出す。紙にはびっしりと文字が書かれてあった。

「今日、タマちゃんから必勝法を伝授されたから」

「タマちゃんって、あのいつもノートパソコンを持ってるあの子? それに……必勝法って?」

「まだ、内緒」


 藍子は少しだけ舌をだして肩をすくめる。自分でもベタ無な仕草だなぁと思うが、好きな人の前だとついついやってしまう。やはり好きな人には可愛いと思われたいのだ。

 裕人はオレンジに染まる藍子の顔と可愛い気な仕草に少し照れて視線をそらしてしまう。

「仁村さん、あんまり無理しないで。こうして夕暮れは会えるんだし」

 いつもこの言葉で藍子は安心する。今まではそれでもよかった。でも、今は違う。彼女は繋いだ手に力を込めた。

「ありがと。でも、もっと近くにいたいから頑張る」

「わかったよ」

 それ以上二人には何も会話が無かった。というよりは会話は必要なかった。ただ、並んで歩く事がこの二人にとって特別なことだから。

 やがて日が暮れると繋いだ手は離れていった。



 家に帰った藍子は仏間へ向かい、線香をあげると手を合わせた。

「お母さんただいま。今日も裕人君と一緒に帰ったんだよ。告白して本当に良かったよ」

 家に帰ると二年前に死んでしまった母親に手を合わせて学校のことを話すのが日課になっていた。

 日課を済ませ、自分の部屋へ入ると早速環から貰った紙を鞄から取り出す。

 A4の紙にはびっしりとプリントされた文字が詰まっていた。タイトルは『立浪裕人についての考察』。早速、文章に目をやると冒頭に『立浪裕人の体質はパーソナルスペースの肥大が原因だと思われる』と書かれてあった。

「パーソナルスペース?」

 意味が良く分からず、藍子はさらに読み進める。


『パーソナルスペースとは自分自身が持つ占有的空間領域の事で……』

「意味がわかんない……」

 藍子はテレビを見ていても話しかけるような女の子だ。今回もご多聞にもれず、話しかけていた。さらに環は藍子の癖をも見抜いていた。

『などと書いても藍子には分からんと思うので分かりやすく書く』

「さっすが、タマちゃん。我が心の友よ!」

『例えばガラガラの電車内で他の人とくっついて座る人はいないだろ? それは席が空いてるから、自分が心地よいと感じる他人との距離をとれるからだ』

「確かに映画館とかでもなるべく他の人と一つ二つ席を開けて座るしね……」

『普通の人間ならこの空間は物理的に存在しないが、立浪裕人の場合はパーソナルスペースが顕現している』


「ふーん。つまり、裕人君は私との距離をとりたいから近づけないのかな?」

『パーソナルスペースは人間関係で変わる。家族や友人だったら一メートル前後、嫌いな人や見知らぬ人だと一説には三メートル半ぐらいの距離をとりたいらしい』

「え―――――っ、嫌だよ!! じゃあ私のこと嫌いってこと?」

 藍子は完全に紙と会話をしていた。これは環の文章のなせる技ともいえる。鼻息荒く、藍子は続きを読み進めた。

『しかし、裕人の場合は誰にでもパーソナルスペースが現れる訳ではない。好きだと意識した人間にのみパーソナルスペースが有効な事に注目しなければいけない』

「よかった。……って、全然何の解決にもなっていないよぅ」

 さすがの藍子もここまでは裕人の体質の説明にしかなっていない事に気付いた。しかし、次の文章を見て息を呑んだ。


『パーソナルスペースを縮める方法は……』

「何、なに、ナニ~。教えて!」

 彼女が待っていたのはこの部分なので、文字を読むのにも力が入る。紙が少しシワになってしまった。


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